藤井:はい。それでは最終セクションのDに入りたいと思いますが、これも大事なテーマで『台湾に武力侵攻する習近平』というタイトルになります。いよいよ、中国が台湾に牙を剥き出しにしてきました。これについて詳しく解説をお願いいたします。
林:習近平本人が最初から台湾武力侵攻という高い目標を掲げて政治家になったのかといえば、決してそうではないと思います。習近平は福建省時代が長かったわけですが、その当時に習近平と食事の場を共にした台湾企業家というのはたくさんいます。彼らに習近平の印象を聞いてみると、一様に出てくる答えが無口だということ。これは皆さんに共通している部分です。そして二つ目にソフトで、非常に付き合いやすいということが挙げられます。さらに人の意見をよく聞いてくれるということで、要するに台湾企業家のなかに悪い評判は基本的になかったと言っていいかもしれません。では、この人はいったい何を考えているのか。みんな「知らない」と言います。習近平自身がそういうことを口にしないからだと思いますが、福建省時代を知っている台湾企業家のあいだでは「とても野心家には見えなかった」というのが一般的な意見になっています。
藤井:なるほど。
林:家康のように自分自身に高い目標がありながら本性をちゃんと隠しているというような意味ではなく、習近平本人は本当に野心がなかったのではないかと僕は考えています。
藤井:なるほど。
林:要するに「今さえ安泰であればいい」と考えるような器の小さい男ですよ。酒はよく飲むみたいです。酒を飲み、仲間たちとワイワイやって、それで十分というのが当時の習近平だった。ところが、この男は思いも寄らずに権力者の道を駆け上っていきました。薄熙来(はくきらい)のように、最初から何かデカい仕事をやってやろうという思いを持ち、自分を鍛え、広い人脈を作ってきた野心家であれば、そのような高い目標を掲げるのは理解できます。ところが習近平はそういう男ではない。習近平はある意味で空っぽな男です。実は彭麗媛(ほうれいえん)と再婚した当時、習近平は彭麗媛の夫と揶揄されていました。習近平とは何者なのか、誰も知らないわけです。もちろん彼のお父さんの習仲勲は非常に有名な政治家ですが、習近平自身は福建省時代、浙江省時代、上海書記時代を通じて主だった業績を何一つ残しておらず、宣伝できるほどの業績は何もなかった。つまり彼は極めて無能だということです。無能だからこそ、リーダーに選ばれたのが習近平という男です。無能なうえに無口で野心もなかったからこそ、江沢民に安全な後継者ということで指名されました。このような空っぽな人間が大きな権力を手に入れると、どうなるのか。もともと具体的な目標がなく、中身のない男だから、デカい目標を追求するわけです。習近平は「人類運命共同体を構築せよ」とか、「俺が人類の将来の進むべき指針を出す」というような夢みたいな方針を打ち出しています。前任者の胡錦涛までは絶対にそんなことを言わなかった。しかしながら習近平は中身がないがゆえに、看板をデカくして、きれいにして、キラキラさせて、みんなに見せなければいけなかったんだと思います。それで一生懸命に宣伝に力を入れてきました。
藤井:はい。
林:偉大なる中華民族の復興の1丁目1番地とは何なのか。最初の関門は台湾です。つまり台湾を統一して併合しなければ、偉大なる中華民族の復興は成し遂げられない。これがデカい看板を掲げたがゆえに習近平が抱えてしまったジレンマです。
藤井:はい。
林:この看板こそ、彼の権力の源です。毛沢東時代の正当性は共産主義というイデオロギーでした。鄧小平から胡錦涛までの正当性は経済です。鄧小平以降の中国共産党は共産主義という看板だけを残して、中身は資本主義に変わっていきました。しかも国家資本が独占するような資本主義です。それは台湾も同様です。台湾も蒋経国時代まで国が資本を独占する代わりに、民にもある程度の経済的自由を分け与えるという政策を取ってきました。当時の台湾に言論の自由や結党の自由、結社の自由はありません。そういう自由がない代わりに、経済の自由だけは開放されていたということです。もちろん国がうま味のある国営企業だけは手放さなかったということはありますが。鄧小平以降の中国の経済政策は、台湾とそれほど変わらないと思います。しかし習近平になってからは、これがある意味で変化しようとしています。なぜ中国が40年間の改革開放時代にこれほど発展したのかというと、一つ目は土地が安いこと、二つ目は人件費が安いこと、三つ目に中国人がよく働くこと、そして四つ目に政治の安定があったからです。投資家は政権が不安定な民主国家よりも、場合によっては独裁政権の国家のほうがいいとさえ思っているでしょう。なぜなら彼らにとっては政治さえ安定すればいいからです。選挙で政権交代が起きて政策がガラッと変わるとか、為替の変動が物凄く激しいとか、そのような予想外のことを嫌う投資家や企業家は選挙がない国のほうが予測しやすく、都合がいいと判断します。その点で中国は政権が極めて安定しているうえ、さらに為替は国が一手に管理しているという好条件を40年も続いてきたからこそ、高度成長が成し遂げられたと言っていいでしょう。ただし、その後は状況がいろいろと変わっていきました。どこが変わったのかというと、土地が高くなり、人件費が高騰しました。そして共産党政権自体は変わらないものの、予測不可能なことが頻繁に起きるようになりました。今回のゼロコロナ対策にそれが顕著に表れています。いつシャットダウンされるのか分からず、移動できるのかさえ分からない。実はゼロコロナ対策だけではなく、そういうことは以前からたびたび起きていました。習近平が勝手に電力をカットダウンしたことがあるじゃないですか。
藤井:ええ。
林:それで「石炭を燃やしてはいけない」と命令したり、予告なしに全面的な停電や計画停電を実行したり、習近平になってからは予想不可能なことがたびたび起きるようになっています。ゼロコロナ対策はそのなかの一つに過ぎません。
藤井:なるほど。
林: 2021年にはハイテク企業を今日からシャットアウトすると勝手に決定しました。予告なく、何百億、何千億規模の企業を潰してしまうわけですから、投資家や企業家にとってはいい迷惑です。学習塾業界もそのような目に遭いました。
藤井:学習塾は突然、業界が消滅しましたからね。
林:そうです。その株価は1日のうちに99%下がってしまい、これで共産党政権ならば安定という前提が崩れてしまったわけです。中国人は勤勉ですが、いくら勤勉でも、こんなのはやっていられないと思ったことでしょう。中国人は基本的に企業に対する忠誠心がなく、彼はもう逃げることしか考えていません。自分が金儲けできるからこそ、中国人は勤勉に一生懸命に働きます。一方で自分にプラスにならないと思えば、全然動かないというのが中国人です。
藤井:はい。
林:さて、毛沢東時代の正当性はイデオロギー、鄧小平から胡錦涛までの正当性は経済、習近平時代の正当性とは何なのか。それは、先ほどから申し上げている通り、偉大なる中華民族の復興という麻薬です。
藤井:なるほど。
林:麻薬のような正当性を掲げながら、もう一つは安全ということを強調しています。要するに、これは「偉大なる中華民族の復興を成し遂げる俺じゃないと安全じゃなくなるよ」という恫喝です。この二つが彼の政権の正当性です。そうすると、1番目の偉大なる中華民族の復興の最初のステップが台湾を併合するということになります。こんなにちっぽけな台湾すら併合できないのに、人類運命共同体を築いて全人類を指導するなんて、誰が信じるのでしょうか。そもそも台湾武力侵攻なんかやらなくてもいいのに、彼が自分自身に課してしまった課題です。人に強制されたのではなく、自分がこういう目標をデカデカと掲げているがゆえに、やらなければいけないと思っているだけです。彼本人がやりたいのかどうか、本当のところは分かりませんが、偉大なる中華民族の復興という看板を掲げ続けたいということだけははっきりしています。そうなると、周りの人間が「そうだ。そうだ。偉大なる中華民族の復興だ。台湾を早く侵攻せよ」と煽り立てます。例えば潰されてしまった江沢民派のネットメディア多維網などがその一つですが、彼らが煽ることにより、習近平はもはや自分の宣言した言葉の人質になってしまったということです。
藤井:なるほど。
林:つまり自分の掘った罠に嵌められちゃったということです。
藤井:なるほど。
林:ですから習近平が台湾侵攻を本当にやりたいのか、やりたくないのかに関係なく、台湾武力侵攻をやらなければいけない。やらなければ、自分の政権の正当性がなくなってしまうということを意味しているからです。
藤井:なるほど。
林:特に習近平は今回で3期目を迎えます。「なぜおまえが3期目なんだ」との批判はあったでしょう。国家主席の任期は2期10年まで、68歳以上は引退という暗黙のルールが全部ひっくり返されてしまった格好です。現に72歳の王毅は政治局員を続投します。
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