戦狼外交

台湾

藤井:それでは本日のBセクション『戦狼外交』というテーマで、お話ししたいと思います。結論から言えば、習近平が戦狼外交を煽ったおかげでチャイナ外交の本質が明らかになったということだと思います。

林:戦狼外交は、イコール習近平外交です。

藤井:そうですね。まず始めに戦狼外交の代表的人物ですが、趙立堅(ちょうりっけん)、王毅(おうき)、盧沙野(ろさや)、秦剛(しんごう)の名前が挙げられるのではないでしょうか。特にニュース映像に頻繁に出ていた趙立堅は、もしかしたら顔を覚えていらっしゃる人は多いかもしれません。

林:わははは。まさに戦狼という面構えが印象的でした。

藤井:趙立堅はパキスタン大使館の領事から外交部報道局の副局長に抜擢された人物です。その後、彼は2023年1月に国境海洋事務局の副局長に異動になりました。これがポジション的に左遷されたのではないかと囁かれていますが、彼は左遷されたと考えてもよろしいのでしょうか。

林:二つのポストは副局長ということで同格ですが、実際上はどうでもいいような部署に左遷されたと言っていい。いわゆる窓際族です。報道官というのは、外交部の花形みたいな存在です。報道官は出世の登竜門で、今の国連大使の張軍(ちょうぐん)にしろ、今の外交部長の秦剛にしろ、過去に報道官をやっていた人物は必ず出世街道を歩んでいきました。一方、趙立堅は報道官を務めた後、どうでもいいような部署に左遷されています。

藤井:はい。

林:とはいえ、彼は戦狼外交を象徴する代表的な人物と言っていいでしょう。彼はパキスタン大使館に勤務していたとき、Twitter上でアメリカ人たちと頻繁にケンカしていて、それが習近平の目に留まったことから報道官に抜擢されたという経緯があります。外交官に指示を出すときに「闘争を恐れるな」と強調してきた習近平にとって、喧嘩っ早い性格の趙立堅は好きなスタイルだったと言えるかもしれません。

藤井:なるほど。

林:その彼が左遷されたわけですが、それは戦狼外交の代表的人物だったから左遷されたわけではなく、彼の奥さんの行動が左遷された本当の理由ではないかと言われています。

藤井:奥さんが左遷の理由ですか。

林:はい。趙立堅の奥さんは微博(ウェイボー・Weibo)や微信(ウェイシン・WeChat)などのSNSによく投稿していて、奥さんが「旦那はこんなにも働いていて、もっと優遇を受けてもいいはずなのに、なぜ良い待遇を受けられないのか」という文句を投稿したことが、ある人の逆鱗に触れたのではないかと囁かれています。

藤井:奥さんが文句を言ってしまったわけですか。

林:はい。そもそも奥さんの文句には二つの問題がありました。奥さんは「私の旦那は国のために一生懸命に働いている」というような投稿したわけですが、国家機密を扱う外交官の任務は家族にすら知られてはいけないはずなのに、奥さんが暗に「私は全部を知っているわ」と口を滑らせてしまったわけです。それで、奥さんがなぜそのようなことを知っているのかということが問題視されたと考えられます。

藤井:なるほど。

林:二つ目ですが、奥さんが文句を言った相手が誰なのかという問題です。外交官のボスはたった1人、習近平です。要するに趙立堅の奥さんは習近平に向かって文句を言ったということになります。独裁者に文句を言って、左遷されないほうがおかしな話でしょう。

藤井:なるほど。趙立堅は戦狼外交で出世したけど、奥さんの件で躓いてしまったということですか。

林:そうです。

藤井:その他に戦狼外交の代表的人物といえば、王毅の名前が挙げられます。彼は外交部長から政治局員に抜擢され、楊潔篪(ようけつち)の後任として党中央外事工作委員会弁公室主任に就任しました。こちらは共産党の外交方針を決定するところで、外交部長より格上の役職です。王毅は戦狼外交で出世した人物の1人に数えられるのではないかと考えています。

林:そうですね。そもそも王毅は戦狼外交スタイルではなかったと思います。彼が駐日大使だった頃を記憶している日本人はたくさんいるかもしれませんが、彼は日本語が堪能で、当時は紳士的な態度で振舞っていました。習近平政権以前はラブラドールのような、おとなしい男だったわけです。ところが習近平政権以降、王毅は戦う狼に急に変身してしまったとの印象を僕は持っています。

藤井:確かに彼の印象は大きく変わりました。

林:習近平の下では戦う姿勢を示さない外交官は絶対に出世できないと考えた王毅は、そこで方針転換したのではないかと思います。カナダ訪問の際、彼は新聞記者とケンカしていました。外交官というのは基本的に誰ともケンカしない人たちで、とりわけ新聞記者は外交官が絶対にケンカしてはいけない相手の筆頭格です。なぜなら新聞記者は自分の務めとして客観的な問題を提起しながら質問しているだけだからです。ところが王毅はカナダで新聞記者とケンカしたほか、訪問した国々で現地の人たちとケンカを繰り返してきました。それによって、王毅は出世街道をさらに駆け上がったと言えます。だからこそ、王毅自身は戦狼外交に転換したことで成功したと考えているでしょう。趙立堅と王毅の出世ぶりを見ていて、戦狼外交をやらなければ出世できないと考えた人たちは多かったでしょう。それで、中国共産党の全員が戦狼外交をやる羽目になってしまったわけです。

藤井:そうそう。その他にも前フランス大使の盧沙野は有名です。彼はフランスのメディアに出演したときに「台湾統一後、台湾人を収容所に入れて思想教育する」と問題発言しました。さらに最近では、元来はウクライナに属していたクリミア半島の主権について「旧ソ連邦の構成国で本当の意味で独立した国はない」と言って、物議を醸しています。もちろんこれに対してバルト三国から猛烈な抗議を受けたことは言うまでもありません。ヨーロッパでは盧沙野も有名人ですよね。

林:盧沙野は汚い言葉で相手を罵ることで有名です。フランスの学者とはよくケンカしていますが、フランス大使に着任する前はカナダ大使を務めていて、そのときからケンカばかりしていたと言われています。

藤井:なるほど。それから戦狼外交で有名な人物といえば、今回の人事で外交部長に大抜擢された秦剛が挙げられると思います。彼は外務次官から駐米大使に出世した後、習近平に抜擢され、外交部長に大出世を果たしました。

林:秦剛は習近平の外遊によく随行していて、習近平からすれば使いやすい人物と見られているのでしょう。中国の外交官はほぼ例外なく外交学院出身者ですが、この秦剛は特務養成機関の出身という経歴を持っています。

藤井:あー。特務出身ですか。

林:はい。アメリカの調査機関は、秦剛が特務出身だからこそ習近平に抜擢されたとの見方を示しています。これからの中国外交は戦狼外交プラス特務外交に舵を切っていくということで、秦剛はその代表的人物になっていくのではないかと見られています。

藤井:なるほど。

林:彼は前駐米大使ですが、実はアメリカは専門領域ではなく、ヨーロッパにずっと駐在していました。おそらく将来的に抜擢したいと考えた習近平がヨーロッパから外交部長にいきなり抜擢するのは難しいと考え、一時的に駐米大使のポストを用意したのではないかと思います。実際に彼の駐米大使在任期間は1年ちょっとしかない。ある意味で箔を付けるような意味合いが強かったと言っていいでしょう。

藤井:駐米大使で箔を付けて、さらに外交部長に出世させたということですか。

林:そうです。必ずしも戦狼外交だけではなく、特務外交をこれからやっていくうえで秦剛の経験を活かしたかったというのが、習近平の狙いでしょう。

藤井:なるほど。

林:はい。

藤井:それから薛剣(せつけん)も戦狼外交の代表的な人物と言えるかもしれません。大阪総領事の彼はTwitterに罵詈雑言を吐くということで有名になりました。薛剣もやがては出世するのではないでしょうか。

林:はい。

藤井:それで、私のほうで4月ぐらいからの戦狼外交の動きをまとめてみましたので、紹介したいと思います。4月にアメリカとフィリピンとのあいだで防衛協力強化協定が結ばれましたが、これで米軍のフィリピンでの利用可能施設が追加されたことを受け、4月14日に駐フィリピンの中国大使が「台湾に住むフィリピンの労働者15万人を心配するなら、アメリカは台湾の独立に明確に反対しなければならない」と恫喝外交を展開したわけです。

林:はい。この発言に対して、フィリピンのマルコス大統領は彼を呼びつけて猛抗議しています。今までのフィリピンの中国外交がいかに弱腰だったかということを考えれば、今回のマルコス大統領の対応は素晴らしかったと思っています。

藤井:まったくです。

林:本来であれば中国大使に対して局長レベルが抗議する場面ですが、外務大臣でもなく、マルコス大統領自身が直接抗議したということは異例中の異例だったと考えています。それぐらい怒っているということを示すためにも、今回のフィリピンの判断は良かったと思います。

藤井:フィリピンはちゃんと対処したということですよね。

林:僕はそのように考えています。

藤井:それから先ほども言いましたが、前フランス大使の盧沙野は4月21日にフランスの放送局のインタビューに答えて「クリミア半島は歴史的にロシアの領土の一部だった。ロシア以外の旧ソ連構成国には国際法上の有効な地位がない。そもそも彼らは主権独立国家ではない」と発言しています。ロシアが歴史的に長いあいだクリミア半島を領有していたことは事実ですが、ソ連解体後にクリミア半島がウクライナに所属していたことも事実です。「旧ソ連構成国は今も主権独立国家ではない」という趣旨の発言を聞いて、リトアニアやラトビア、エストニアなどバルト3国が直ちに抗議したほか、欧州議会の議員80人ほどが盧大使を好ましからざる人物、ペロスラノングラータに指定して追放するように要求するという事態にまで発展したわけです。

林:彼は現時点では中国に呼び戻されていますが、それは習近平の怒りを買ったということではなく、今回の失言によってフランスでの仕事がただ単に難しくなったからでしょう。フランスでは連日、彼の発言がテレビ番組で議論されていて、少なくとも2週間はそのような状況が続いています。日本に駐在する中国大使を知っている日本人が少ないように、普通は1国の大使が駐在国の人たちに知られることはあまりないと思います。一方、盧沙野はフランスなどヨーロッパでは有名人です。

藤井:有名な悪役になったわけですよね。

林:はい。これだけ有名になれば、もはや仕事はできない。今はまだ召喚されただけで大使のポストは盧沙野のままになっていますが、いずれ交代される可能性は大いにあります。ただし交代される理由は失言ではなく、ただ単に仕事ができなくなったから。彼は30代で局長に抜擢されるほどの優秀な人物で、やはり喧嘩っ早いということで習近平に重用されています。

藤井:習近平の期待に応えて活躍したということですか。

林:そうです。

藤井:それから4月28日には呉江浩(ごこうこう)駐日大使が就任記者会見で、日本政府の「台湾有事はすなわち日本の有事」という立場を批判したうえで「日本の民衆が炎のなかに連れ込まれるだろう」と物騒なことを言っています。これにはさすがに親中派の林外務大臣も5月10日の衆議院外務委員会で「極めて不適切」と述べ、呉大使に厳重注意したことを説明していました。しかし林大臣の言葉には迫力がなく、そう言わざるを得なかったのかなと察するところもあった次第です。

林:呉大使は沖縄の独立についても発言していました。これは極めて失礼なことではないかと思います。彼の失言はただ単に口が滑っただけなのか、意図的なものだったのかというと、僕は意図的だったと見ています。なぜなら習近平がその直前に「琉球はやっぱり独立国だった」と発言していたからです。

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