戦争を招く「一つの中国」

台湾

藤井:それでは今日の最終セクション、D『戦争を招く「一つの中国」』です。一つの中国という言葉がカギ括弧に入っているわけですが、これは一つの中国の原則と一つの中国の政策は違うという話が繰り返し出てくるからです。この言葉が戦争の分かれ道になりかねない言葉だということで、今日はこの辺もしっかりと復習していきたいと思っています。林さんからアメリカ懐疑論の根源というキーワードを頂きましたが、この辺から話を始めていただけませんか。

林:中国が今まさに台湾に実行している認知作戦の主なものに、アメリカ懐疑論があります。国民党が台湾の人たちに広めているアメリカ懐疑論には主要なことが三つあって、1点目は以前に馬英九が言っていた「戦争になれば、台湾はその日のうちに負ける。そしてアメリカは絶対に来ない」というような話になります。つまり、アメリカは台湾を助けない。これが1点目のアメリカ懐疑論です。2点目は逆です。アメリカが戦争したいがために台湾を利用して中国を刺激しているというものになります。1点目ではアメリカが戦争したくないから絶対に来ないと言っているのに対して、2点目はアメリカが戦争したくて台湾を戦争の火種にしようとしているというものです。同じ国民党陣営から矛盾する説が出ているということを押さえてください。もちろん大元をたどれば、中国に行き着くはずです。3点目、アメリカが台湾のTSMC誘致を急いでいるのは、台湾放棄を見据え最も重要な半導体産業をアメリカに移転させておきたいからだというものです。この3点がアメリカ懐疑論を形成しています。

藤井:なるほど。

林:アメリカ懐疑論の根源の部分は何かというと、それは「アメリカは一つの中国を認めているじゃないか」ということです。一つの中国を認めるかぎり、それ自体が中国の言い分をそのまま承認しているわけですから、アメリカは台湾を一つの国として決して認めてくれないということになります。さらに「台湾はアメリカ次第で切り捨てられる立場にあり、中国に対するカードに使われるかもしれない。台湾の国内産業の空洞化にしろ、アメリカが台湾から産業を引き抜こうとしているからであって、それもこれもアメリカが台湾を一つの国として認めていないから。だからアメリカを信じてはいけない。一方、台湾を自分の国の一部だと考えている中国は信じられる」。とんでもない発想ですが、これが実際に台湾の知識人のあいだに広がっていて、彼らはアメリカに矛先を向けるようになっています。

藤井:あー。なるほど。

林:最近は「アメリカと付き合うと戦争になる。中国と付き合ったほうが平和が訪れる」というような論調が盛んになっています。こういったものは国民党が作り出した論調ですが、中国の認知作戦のすごいところはネット攻勢が凄まじいところです。中国には情報農場というのがあって、そこでは「台湾をアメリカの戦争のカードにする」とか、あるいは「アメリカは台湾の面倒を絶対に見てくれない」とか、その他には「いざ戦争になれば、アメリカは台湾を見捨てる」というような1行か2行の分かりやすい言葉を作り出して、さらには図表やマンガも使って、台湾のSNSに大量に流すということをやっています。

藤井:なるほど。

林:どのぐらい大量かというと、億単位です。例えば馬英九が中国を訪れたときに「私たちは中華民族だ。中国人なんだ」と発言したFacebookの投稿には1.3億のいいね!が付いて、彼は嬉しそうに「みんなが評価してくれた」と宣伝していましたが、こういうことはほとんど中国人がやっているのではないでしょうか。だから1.3億いいね!ではなく、13億いいね!あるいは130億いいね!の投稿もあり得るわけです。そういった投稿が台湾のSNSにたくさん流れてくるわけです。

藤井:なるほど。

林:アメリカ懐疑論がなぜ生まれるのかというと、それはアメリカが一つの中国という政策を堅持しているからです。政策であるか、原則であるか、その違いは一般の人たちには分からないでしょう。一般の人たちはアメリカが一つの中国というものを堅持しているということだけを知っています。僕はそもそも一つの中国という表現自体がおかしいと思いますが、中国が一つの中国という言葉を別の国に強制していることは甚だおかしいと考えています。日本が「一つの日本を遵守しろ」と言ったことがありますか。アメリカが「一つのアメリカを遵守しろ」と言っているのを聞いたことがありますか。一つの中国という言葉を使っているのは中国だけで、みんなが中国の機嫌を損ねないためにこのおかしな言葉を使っているということ自体、僕はけしからんことだと思っているわけです。

藤井:そうですね。

林:そもそも台湾が中国の一部であって、中国が一つであれば、毎回うるさく強調する必要はないじゃないですか。つまり、これ自体が現実は違うということを示していると言っていいでしょう。日本だって「東京は日本の一部である。それを認めなければ、あなたとは付き合いません」とは言わないでしょう。あるいは「沖縄は日本の一部である。それを認めてくれなければ、あなたとは付き合いません。一つの日本の原則、一つの日本の政策、それらを認めなければ、あなたとは付き合わない」とは言わないでしょう。常識のある人間、あるいは常識のある国はそんなおかしなことを言わないじゃないですか。しかしながら常識外れのことを許してしまっている現実があるわけです。これは言葉による洗脳、言葉による思想のコントロールと言ってもいいでしょう。みんなの思考をこの言葉を使って操ろうとしているわけですよ。

藤井:なるほど。

林:言葉狩りと一緒です。この言葉を使ってはいけないとか、この言葉を使いなさいとか、そういうこと自体が思想のコントロールに繋がっていきます。そして、すべての国が中国のやり方を許してしまっているという実態があります。一つの中国の原則であろうが、一つの中国の政策であろうが、その中身の違いがどうだろうと関係なく、そもそも一つの何々という言葉自体が存在してはいけないと僕は考えているわけです。韓国と日本には竹島の領土紛争がありますが、韓国に一つの韓国という原則はない、日本にも一つの日本という原則は存在しません。たとえ領土紛争があったとしても、常識のある国はそんな言葉を強調しません。ところが中国の場合は一つの中国という言葉に合わせて、いろんな政策が作られています。間違ったロジックの上に作られた政策だから、当然ながら正しくない。そして中国問題や台湾問題の専門家を除いて、一般の人たちは一つの中国の原則と一つの中国の政策のどこが違うのか分からないわけですね。いちいち説明しなければいけないようなものであれば、本来それは存在してはいけないということだと思います。政策とか、原則とか、そういう枝葉の部分を論争している場合ではなく、一つの中国ということ自体が悪の根源であるということです。そのONE CHINAという考えが悪いんですよ。

藤井:ONE CHINA自体が中国の認知作戦であり、思想統制であるということですね。

林:そうです。

藤井:確かに言われてみると、意味不明ですもん。

林:アメリカ人は「If it looks like a duck, walks like a duck and quacks like a duck, then it just may be a duck」という表現をよく使います。これは「見た目もアヒル、歩き方もアヒル、鳴き方もアヒルだったら、アヒルじゃないか」という意味ですが、アメリカ人のこの表現は物凄く分かりやすいと思います。アヒルの尻尾の色がちょっとだけ違っていても、見た目もアヒル、歩き方もアヒル、鳴き方もアヒルだったら、アヒルじゃないかということなんです。重要なのは、その尻尾に付いている原則とか、政策とかではなく、ONE CHINAそのものです。ONE CHINAと言っているかぎりは「もうONE CHINAでしょう」ということなり、「台湾はONE CHINAでしょう」ということになるわけです。台湾がONE CHINAであれば、論争の余地が出てきます。そして台湾がONE CHINAであるかぎり、台湾の安定と平和とは決して言えない。そして台湾海峡の安定と平和という表現しか使えないという現状があるわけです。台湾海峡の安定と平和を守るということまでは言えても、台湾そのものの安定と平和を守るということは口が裂けても言えない。それはONE CHINAがあるからです。ONE CHINAに乗っかっているかぎりは「台湾の平和と安全とか守る」と言えば、自分の政策と矛盾してしまいます。

藤井:なるほど。

林:そのONE CHINAがあるかぎり、そもそも間違った土台の上に作られるわけだから、どんな政策であれ正しいはずがないと僕は言いたいわけです。正しくない政策があって、それで台湾を守ることができないのであれば、結局は戦争を招いてしまいます。僕からすれば極めて単純なことで分かりやすいと思っていますが、それをわざと複雑にしているわけです。

藤井:中国共産党が主張する一つの中国の原則というのは、はっきり言えば台湾がチャイナの一部だということですよね。

林:そうです。これは3段論法になっています。中国は一つであると。そして台湾は中国の一部であると。3番目、中華人民共和国は中国の唯一の合法的な政権であると。だから、この3段論法にすれば、自然と台湾は中華人民共和国の一部であるということになるわけです。台湾は中華人民共和国の一部であるという中国の主張に、アメリカは「acknowledge」と回答しています。「あなたが言っていることは分かった」という意味です。これが、一つの中国の政策になります。でもアメリカは反論していないばかりか、認めたわけではないという説明を付け加えなかった。要するに、米中のやり取りは途中で終わっているわけです。一方、日本は「中華人民共和国の台湾は中国の一部であるという主張を理解して尊重する」と回答しています。理解して尊重するということは、イコール承認ではないかと思うわけです。

藤井:なるほど。

林:実際に役人は「理解して尊重するということは承認でしょう」というふうに解釈しています。例えば、僕の医師免許の国籍欄には中国と記載されています。我々がかつて正名運動をやって、外国人登録証の国籍欄から中国の文字が消えて、地域ということで台湾と明記されたわけですが、その他の住民票やあらゆる免許の国籍欄には相変わらず中国と記載されます。最近、僕の娘が保育士免許を取りましたが、その免許の国籍欄にはやっぱり中国と書かれていました。

藤井:あー。なるほど。

林:いまだに役所はそうなっていて、どんな書類でも、そのように記載されます。日本の役所の解釈として、総務省の解釈として、台湾は中国の一部であるということを認めているというふうに解釈しているわけですね。

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