台湾問題を国際化する習近平

台湾

藤井:本日のDセクションは『台湾問題を国際化する習近平』ということで、お話しいただきます。林さん、お願いします。

林:これまで習近平の功績をいろいろ語ってきましたが、最大の功績を三つ挙げるとしたら、1番目が経済中心に中国をダメにしてくれたこと、2番目が世界を敵に回してくれたこと、3番目が台湾問題を国際化してくれたことだと考えています。

藤井:なるほど。

林:まずは台湾の戦後を振り返ってみたいと思いますが、台湾の戦後は四つの時代に分けられます。最初が台湾とアメリカが断交するまでの冷戦前期、2番目が国交断絶後の冷戦後期、それからグローバリゼーション時代、最後が米中対決時代です。これらの時代のなかで台湾が世界的に重視されていたのは最初と最後だけです。1945年から1979年までの冷戦前期は中国とソ連の関係が良好で、西側陣営は共産主義陣営の中国とソ連を一緒くたに叩くということをやっていました。その場合には台湾が重視されていたわけです。ところが中国が1971年に国連に加盟すると、台湾を取り巻く情勢は一変します。アメリカを中心とする西側陣営がソ連との敵対関係を強める一方、ソ連を封じ込めるために中国を自分たちの陣営に引き込もうと画策したわけです。

藤井:ニクソン・キッシンジャー外交。

林:はい。アメリカなど西側陣営が中国を必要としたことで、逆に台湾は邪魔者扱いされるようになりました。

藤井:それから「台湾は黙っておけ」というような時代が長く続きました。

林:その通りです。そしてグローバリゼーション時代を迎えます。グローバリゼーションというのは、チャイナライゼーションと言い換えてもいいと思いますが、この時代に中国は影響力を強めました。

藤井:この時代は「金儲けのためにチャイナと組むから、台湾は黙っておけ」という雰囲気が世界中に漂っていました。それが当時の台湾が置かれた実情だったと思います。

林:そうです。グローバリゼーション時代を迎えると中国がアメリカのステークホルダーとしての地位を築いた一方、台湾はトラブルメーカーと見なされ、台湾が自分たちの主権を強調するだけでアメリカに煙たがられるということが起きていました。ところが米中対決時代に突入すると、今度は台湾が邪魔者扱いされなくなったわけです。

藤井:なるほど。

林:2018年の米中貿易戦争をきっかけに米中対決は決定的なものになっていきました。僕は2019年12月の『One Taiwan Project』のなかで「米中対決は覆すことができない構造的な問題で台湾は米中対決の関ヶ原になる」と言ったことを覚えています。当初は米中対決が一時的なものなのか、長期的なものなのか分かりませんでしたが、そのような展開に次第に進展してきたと思います。

藤井:そうですね。

林:米中が友だちだと台湾は邪魔者扱いですが、米中対決の場合には両者の争点は必ず台湾になります。米中からすれば、台湾を勢力圏に入れたほうが天下を獲ると言ってもいいかもしれません。

藤井:はい。

林:米中対決時代は2018年に始まったと考えられますが、習近平は共産党総書記に就任した2012年から人類運命共同体という構想をもうすでに提唱していて、当時から米中対決の腹積もりがあったものと考えていいと思います。ただ単に世界中が習近平の野心に気づかなかっただけです。

藤井:なるほど。

林:では、習近平が提唱する人類運命共同体とは何なのか。一言でいえば、習近平が国際的な秩序を構築していくということに他なりません。先ほど藤井さんがおっしゃったように、今現在の外交ルールというのは西洋が覇権を握ってきた過去において積み重ねられてきた経験法則によって形作られています。ところが習近平はそれが気に食わない。だからアメリカ主導の国際秩序を一掃したいと本気で考えているわけです。

藤井:はい。

林:習近平が2012年に共産党総書記に就任すると、世界中は彼の反腐敗運動に注目しました。当時、彼の野心に着目した人はいなかったと思います。ところが彼は最初から人類運命共同体という野心を持ち続けてきました。習近平は1期目の反腐敗運動で政敵を一掃します。そして2期目に権力基盤が安定すると、2017年には人類運命共同体を構築するという文言を共産党綱領に書き加え、さらに翌年2018年3月には憲法に明記しました。そして「我々が人類運命共同体を構築する」と高らかに宣言したわけです。要するに自分の野心を中国共産党のミッションにすることに成功したと言っていい。最初は言葉先行のスローガンだと思っていましたが、その骨格はだんだんと明らかになっていきました。

藤井:そうですね。

林:中国は2021年9月にGlobal Development initiative(グローバル開発イニシアチブ)を提唱すると、その4か月後の2022年2月にはGlobal Development initiativeの友好グループを国連のなかに作りました。要するに国連からお墨付きをもらったわけです。それから2022年4月にGlobal Security initiative(グローバル安全保障イニシアチブ)、2023年3月にはGlobal Civilization initiative(グローバル文明イニシアチブ)という構想を立て続けに打ち出していきました。

藤井:なるほど。

林:では、この三つのイニシアチブにどういう意味があるかということですが、中国側の説明によればGlobal Development initiativeによって世界中に中国式現代化を推進していくということになっています。中国式現代化は中国共産党の主導で共同富裕を推進していくことを意味していて、Global Development initiativeでは中国共産党の主導で金持ちの国から金を奪い、貧乏な国々に分配することを目指すということです。習近平はこれを主導する盟主の立場になりたいと考えているんですよ。

藤井:なるほど。

林:またGlobal Security initiativeですが、中国はアメリカの1国主義に反対していて、中国は他の国々に対して「アメリカに安全保障問題を任せてはいけない。中国に安全保障を任せなさい」と主張しています。さらにGlobal Civilization initiativeによって、中国共産党は世界各国に中国流の普遍的価値を提供することを目指しています。この三つが、習近平が提唱する人類運命共同体の骨格の部分に当たると思います。これらを見れば分かるように、習近平は今現在の世界秩序を主導するアメリカを追い落として、中国主導の世界に作り変えていきたいと本気で考えているのは間違いないと思います。

藤井:はい。

林:習近平の人類運命共同体構想が台湾問題を国際化させたと言っていいと思いますが、習近平が「世界を主導するリーダーになる」と宣言した手前、メンツを潰さないためにも後に引けなくなり、もはや台湾を無視することができなくなったのではないかと僕は考えています。しかも習近平は台湾に手を突っ込んだだけではなく、アメリカがこれまで築いてきた世界秩序を破壊しようとの野心を剥き出しにしてきました。どんなに鈍感な政権であろうが、どんなに買収された政権であろうが、そういうピンチを迎えたときのアメリカが覚醒しないわけがないじゃないですか。

藤井:そうですよね。

林:さらに習近平は眠っていたアメリカを大規模軍事演習で叩き起こしました。2022年8月にナンシー・ペロシが台湾を訪問した直後、人民解放軍は台湾の周囲を取り囲み、弾道ミサイルを発射しました。そしてミサイルは日本の排他的経済水域(EEZ)にも着弾しています。そのときの大規模軍事演習は世界を震撼させました。それぐらいのインパクトがありました。さらにその8か月後の2023年4月に蔡英文とケビン・マッカーシーがカリフォルニアで会談した際、中国はすかさず大規模軍事演習で威嚇してきました。これは台湾に対する恫喝という意味合いだけではなく、アメリカに対する挑戦だと取られても仕方がないのではないでしょうか。

藤井:はい。

林:ナンシー・ペロシとケビン・マッカーシーは下院議長で、アメリカ政界において大統領と副大統領に次ぐナンバー3の人物です。そういう彼らが台湾の総統と会談したということで、中国は常軌を逸した威嚇行為を繰り返してきました。これによって、アメリカは一気に目を覚ましたわけです。そして2018年の米中貿易戦争を皮切りに始まった米中対決ですが、2022年8月の大規模軍事演習を機に全面対決が決定的になった。ここまで進展すると、米中対決路線は構造的に後戻りできるような状態ではなくなったと僕は考えています。

藤井:はい。

林:少し前に中国がスパイ気球を飛ばしたように、中国がアメリカを主要な敵と見なしていることは誰の目にも明らかです。つい最近ではキューバの基地を盗聴していたことが暴露されました。アメリカ政府はそれを否定することなく、アメリカ政府は「2019年から中国がキューバの基地を盗聴していたことは知っていた」というようなニュアンスで答えています。これに対してアメリカ政府が中国を敵視するかどうかはともかく、中国がアメリカを敵視していることは紛れもない事実だと言っていいでしょう。

藤井:はい。

林:中国がアメリカを敵視すればするほど、アメリカは最前線である台湾の重要性を見直さざるを得なくなると僕は考えています。これまで台湾について強調しなかったアメリカですが、最近は台湾の重要性をしきりに強調するようになってきました。今までは台湾政府自身が「台湾は重要だ」と国際社会に対して必死にアピールしてきましたが、これからの時代、アメリカやヨーロッパが台湾の重要性を強調するようになっていくと僕は見ています。ヨーロッパは全体的に親中国的でしたが、親中派のドイツをはじめ、かつて親中派だったイギリス、それからフランスも含めて、親台湾的に徐々になってきているように思います。そして台湾の外交部長が日本に入国できないことは知られていますが、今までアメリカにも入国できなかったのに、最近はアメリカを訪問することができるようになったことを大きな変化を言えるのではないかと思っています。

藤井:そうですね。

林:つい数日前のことですが、台湾の外交部長がチェコ経由でイタリアを訪問しました。日本がまだやれないことを、ヨーロッパが先にやったということです。そういう意味でも、台湾は自分たちの重要性を殊更に強調する必要はなくなりました。これが中国と台湾だけの関係であれば、他国も「それは中国と台湾の問題であって、我々には関係ない。我々は中国との商売があるから」と言って、台湾を見捨てたかもしれません。しかしながら習近平は「人類運命共同体を構築する」と高らかに宣言して、全世界を相手に野心を剥き出しにしてきました。こんな横暴に警戒心を抱かないバカはいないと思います。

藤井:今はそういう情勢に傾いているということですね。

林:はい。ここで、台湾の重要性3点を挙げたいと思います。1点目は西側陣営の民主国家と同様の普遍的価値観を共有しているということです。その意味では、ウクライナより台湾のほうが自由主義陣営に近いと言っていいでしょう。台湾のほうが遥かにまともな民主政治国家だと思います。グローバリゼーション時代には中国との商売ありきで普遍的価値観なんか無視される傾向にありましたが、これが米中対決の時代に突入すると価値観を共有していることが重視されるようになってきました。さらにウクライナ戦争が起きて、価値観を共有することの重要性はもっともっと高まったと言っていいかもしれません。先ほど藤井さんがおっしゃったように、たとえウクライナがロシアに侵略されたとしても、ヨーロッパの安全保障に大きな影響はない。しかしながらウクライナを皮切りに西側陣営が共有してきた普遍的な価値観が崩壊していくことだけは避けなければいけない。だからこそ、価値観を共有することが大事になってきたと僕は考えています。台湾はいろんな意味で世界トップクラスの民主国家です。民主主義陣営の価値観を崩壊させないためにも、台湾を死守することの重要性がアメリカやヨーロッパでどんどん高まっていると感じています。

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