米中対決

台湾

藤井:台湾ボイスの会員の皆さん、こんにちは。藤井厳喜です。今日も台湾ボイスを林建良さんと一緒にお送りしたいと思います。林さん、お願いします。

林:よろしくお願いします。

藤井:さて、今日は6月18日の日曜日です。本日のテーマは『習近平の功績を語るー対外編』ということで、外交問題を中心にお話ししていきたいと思います。今日もABCDの4セクションに分けて、AとBのセクションを藤井の担当、CとDのセクションを林さんの担当ということで進めてまいります。Aは『米中対決』ということで以前に話した部分と重複するかもしれませんが、米中対決がどういう文脈のなかで繰り広げられてきたかをざっと振り返りつつ、今に至る過程を考えていきたいと思います。

林:はい。

藤井:それで、米ソ冷戦が完全に終結したのが1991年です。1989年くらいからソビエト連邦の崩壊が始まり、同じ年の1989年には中国で天安門事件が起きたほか、ドイツでベルリンの壁が崩壊しました。これを以って、東側陣営は総崩れになってしまいます。ソ連の時の指導者はゴルバチョフ書記長で、彼の時代に米ソの東西対立時代は終わりを告げました。当時はソ連の衛星国と言われていた東ヨーロッパ諸国で民主化の動きが相次ぎ、それまでの政権がドミノ現象で倒れていきました。一方、ソ連は15の共和国に分裂することになったわけです。もちろんソ連はソ連共産党の1党独裁で、15の共和国で構成されている連邦国家というのは完全なフィクションだったわけですが、それらの国々が相次いで独立を果たしたときにウクライナとベラルーシも独立していきました。そして旧ソ連のなかで最も大きな国として成立したロシアは核兵器など、ソ連が持っていたものの大半を引き継ぐことになります。

林:はい。

藤井:当時、もともと独立国だったバルト3国では独立を回復したという印象が強かったものの、ウクライナは形式的に独立したとはいえ、元来ロシア帝国の一部だったという経緯もあり、政治的にも、社会的にも、軍事的にもロシアとの繋がりを完全に断ち切ることができず、これが今現在のウクライナ戦争の隠れた要因になったのではなかろうかと私は考えています。

林:なるほど。

藤井:発展途上国は冷戦時代に資本主義陣営に入るのか、共産主義陣営に入るのかを迫られ、ソ連は途上国に「共産主義陣営に入れば国民生活を豊かにするプログラムがある」と発展モデルを提供していましたが、冷戦終結で共産主義による発展モデルは消滅してしまいました。そうなると政治は代議制民主政治、経済は資本主義システムを取り入れることがいわば常識となって、いわゆるグローバリズム謳歌に時代に突入します。

林:なるほど。

藤井:ソ連や東欧で共産党政権が崩壊する過程をよく観察していたチャイナは資本主義的な手法を取り入れ、外国から資本と技術と導入する一方、共産党の1党独裁体制だけは絶対に緩めないという方針で動いていくことになります。その意思を確認したのが1989年6月4日の天安門事件だったと言っていいでしょう。その後、鄧小平は資本主義陣営の先進国とも親交を深めるとともに、外国の手法を積極的に取り入れながら経済発展に邁進していきます。

林:はい。

藤井:鄧小平は非常に巧みな立ち回りで、日本やアメリカを訪れた際には「我々は貧乏な国だから、ブスが美人の真似をしてもしょうがない」と発言するなど低姿勢を貫きました。そして彼は「黒い猫でも白い猫でも鼠を捕るのが良い猫だ」という名言を残しています。「黒い犬でも白い犬でも鼠を捕るのが良い犬だ」とは言わず、猫を例えに出したところが鄧小平らしい。

林:わははは。

藤井:それはともかくとして、そういう経緯で世界中の企業が安い労働力を求めてチャイナに進出していったわけです。そのおかげでチャイナはどんどん経済成長していきました。日本には他人の褌で相撲を取るという言葉がありますが、チャイナはそれを上手くやって、世界の工場と言われるまでの経済大国に駆け上がっていったということだと思います。

林:はい。

藤井:これが江沢民時代から胡錦涛時代の大きな流れになります。江沢民の10年と胡錦涛の10年を合わせた20年はチャイナの高度経済成長期と言っていいでしょう。ところが、そこに習近平が登場してきました。これ以降、色合いがガラリと変わっていきます。

林:そうですね。

藤井:習近平は「アメリカはもう怖くない。我々は世界の覇権国を目指す」と露骨に言い始めました。それはもちろん今現在の世界秩序を構築してきた覇権国アメリカとの対決路線を意味します。習近平政権以降のチャイナは一帯一路を含めて、帝国主義、植民地主義、軍国主義の路線を次第に強めていきました。さらに産業分野でも「15分野でチャイナは世界一を目指す」と宣言して、2015年にMade in CHINA 2025を発表しています。しかしながらチャイナは自国で独自技術を開発するというより、技術の大部分を外国から盗むという手法で経済を成長させてきました。そしてオバマ政権時代には中国への技術流出が露骨な形に進められていくようになります。

林:なるほど。

藤井:これはエピソード的な話になりますが、実はオバマには異母兄弟がいて、彼の弟は北京にずっと暮らしていました。

林:今、彼は広東省に住んでいます。

藤井:そうですか。オバマの腹違いの弟はチャイニーズの奥さんをもらい、共産党に養ってもらっているような男です。要するに遊び人と言っていいでしょう。さすがにオバマ自身は大統領時代にチャイナを訪れることはそれほどなかったものの、ミシェル夫人やそのお母さんは子どもたちを連れて頻繁に訪れていました。そのことをチャイナの人たちに聞いたとき、彼らから「オバマの弟が共産党に面倒を見てもらっているのだから、米中関係はそんなに悪くない」との答えが返ってきたことを記憶しています。そういうなか、2016年のアメリカ大統領選挙でトランプが当選したわけです。

林:はい。

藤井:このときの大統領選でヒラリー・クリントンが当選していたら、オバマ外交は踏襲されていて、米中関係に大きな波乱はなかったと私は考えています。その場合、チャイナがさらに実力を強めるのをアメリカは指を咥えて見ているような状況が続いていたかもしれません。

林:そうだと思います。

藤井:しかしながら大統領に就任したのはトランプでした。トランプは最初から米中対決路線に自ら舵を切ろうとしたわけではなかったと思います。なぜならトランプは2015年の選挙戦のときから「1番の敵はIS(イスラム国)だ。アメリカはイスラム国を潰すために米軍を派兵する」と宣言していて、単純明快な外交路線を打ち出していたからです。そして「次の脅威がチャイナ、その次がロシア」とも明言していました。

林:なるほど。

藤井:当時のISはシリアからイラクにかけての地域に勢力圏を築いていました。2017年1月にトランプ政権がスタートすると、トランプは裏ではロシアと手を握りながらIS潰しに全力を注いでいくことになります。そして同年12月までにはIS掃討作戦に目途を付けたと言っていいでしょう。当時のシリアでの作戦なんかを見ていると、ロシアと協力していたのは確かです。私はクルド独立運動の人たちに「IS潰しという点において中東では米ロが完全に手を組んでいる」と教えてもらいました。戦略が違うとはいえ、IS掃討作戦の戦術の面において両社の思惑は一致していて、こっちのISはロシアが潰して、こっちのISはアメリカが潰すというように、きちんと棲み分けがなされていました。そういう経過をたどり、2017年12月から2018年の年明けぐらいまでにはIS本体は消滅していたと思われます。もちろん掃討戦というか、残党を根絶やしにするというような作戦はその後も続きましたが、大きな作戦は2017年12月に終わっていたと言っていいでしょう。

林:なるほど。

藤井:IS掃討作戦に目途を付けたトランプが次の目標に定めたのがチャイナです。当初は全面的な米中対決をやるつもりはなく、アメリカとしては巨額の貿易赤字を減らさなければならないという課題を抱え、米中の貿易問題が焦点になっていました。さらに中国がアメリカから技術を盗み続けていることが、このときに問題視されたわけです。そこでトランプは「知的所有権と特許の問題を解決する」と言い出して、フロリダのマールアラーゴで習近平と交渉することになりました。そのとき、トランプは「貿易赤字を半分に減らすための100日計画を作って、すぐに実行してくれ」と習近平に要求します。さらに「もし貿易赤字を半分に減らすために輸出を減らせないなら、アメリカからの輸入を増やすことで赤字を半分にしてもいい」と選択肢を与えたことから、私は比較的ソフトなアプローチだったと考えていましたが、チャイナは首を縦に振りつつ、結局は何もやらなかったわけです。

林:はい。

藤井:そういうなかでトランプが90日目ぐらいに「チャイナは何もやる気がない。もうダメだ」とキレて、輸入関税の大幅な引き上げなど、経済制裁を何段にも分けて課していったという経緯があります。トランプに関していえば、2015年の選挙戦の頃から「チャイナには意外にソフトな対応で済ますのではないか」という憶測が広まっていました。さらに「トランプはビジネスマンだから、Let’s make a dealということで取引さえ完了すれば、チャイナ国内の人権問題や民主化問題には触れないのではないか」という観測があったぐらいです。

林:確かにそういう噂はありました。

藤井:しかしながら習近平はトランプの要求に応じるような姿勢をまったく見せませんでした。要するに習近平とその周辺はロシアゲート問題で追及されていたトランプが弾劾され罷免されることを待っていたわけです。トランプが失脚すれば、ウォールストリートの親中派の人たちがアメリカ国内で復活してきて、チャイナとしては彼らと話し合えばいい。共和党でもトランプ派ではなく、エスタブリッシュメント派の人たちが復権すれば話し合いができると見ていた。チャイナにはそういう期待があったからこそ、サボタージュしていたのではないでしょうか。

林:なるほど。

藤井:そして2018年10月4日、ペンス副大統領がハドソン研究所で「チャイナとは全面対決しかない」と演説したわけです。特に知的所有権の漏洩問題について「重大な問題だ」と指摘するとともに、彼は「一帯一路は帝国主義的な外交だ」と批判を繰り広げました。この演説はアメリカがソ連無き後に対決せざるを得ないのは中国共産党帝国だということを明確に打ち出したものだと言っていいでしょう。これを境にトランプ政権は米中対決路線に一気に舵を切ったということだったと思います。

林:はい。

藤井:もちろん制服組であるプロフェッショナルな軍人たちは昔から「ソ連の次の敵はチャイナだ」と認識していましたが、それが表面化することはなく、その辺の認識が今になって、ようやく表に出てきたということだと思います。一方のチャイナは「やがてはアメリカを凌駕してやろう」と思っていたでしょうが、鄧小平以降は能ある鷹は爪を隠すということでそれが表面化することはなかったわけです。ところが習近平はその野心を隠さなくなりました。

林:そうですね。

藤井:トランプは最初、アイオワ州の州知事だった人物を中国大使に任命しています。

林:最初の中国大使は、習近平の昔からの知り合いでした。

藤井:習近平は若い頃にアメリカでホームステイしていたことがあって、それがアイオワ州だった。そういう縁があったということで、習近平は帰国後も若干の繋がりを維持していたようです。しかも農業州のアイオワにとってチャイナは穀物を大量に買い上げてくれる得意先という縁もあったわけです。そういう理由でアメリカはアイオワ州の元州知事を中国大使として送り込んだわけですが、習近平がまったく相手にしなかったと言われています。

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