気球事件と習近平の指導力

台湾

独裁政権は基本的に不透明です。独裁政権の中はどのような指揮系統になっているのか。どのように権力を行使して、指令系統はどのように伝わっていくのか、極めて不透明です。独裁政権だから選挙もないし、国会というチェック機能も基本的には働かないわけです。中国では人民大会といういわゆる国会のような組織がありますが、実際にはそれはただの飾りで、チェック機能は全くないと言ってもいいです。ではこの独裁政権の内部状況を我々はどうやって知ることができるのでしょう。それは基本的に全ての事件において、事件はどのように発生して、責任者は誰で、その後どのように発展していくのか、という何らかのプロセスでようやく独裁政権の内部を知ることができます。ですから全ての事件は独裁政権を知る1つのいいチャンスにもなるわけです。今回の気球事件はまさにそうです。前回2月5日の収録「気球の威力」のときに、今回の気球事件は誰が主導したのか、基本的には3つの可能性があると申し上げました。その3つの可能性はまず習近平の主導でやった。2つ目は習近平が昔出して、止めるのを忘れてしまった命令がそのまま続けて執行されていた。そして誰もが止めることはできなかったということ。これが2番目の可能性。そして3番目の可能性は習近平は全く知らなかったということ。別の人間、軍の人間がわざと習近平の足を引っぱるためにやった。僕はこの3番目の可能性が一番高いと申し上げました。その理由は何か。

実は1つの大切なことを判断する際に、全ての人間はそうですけれども、1番目に出るのはまず直感ですね。僕は直感で言いました。直感だから全く根拠がないとも言えません。なぜかと言うとこの世界、この分野に長くいると、何の根拠もなくて見た目でこうじゃないかという直感が働きます。例えば医者を長くやっていると、患者さんが来て、この患者は絶対自分には手に負えないケースだと、だいたい一目で分かります。検査する前に、見る前に、触る前に。それが直感です。直感というのは長い経験があって、その長い歳月の中で培ってきた経験の上での判断です。もちろん直感以外に具体的な根拠があったほうが、もっと判断が正しくなるわけです。

では今回、僕はなぜ3番目の可能性が一番高いと判断したか。つまり習近平本人が知らず、誰かが勝手にやった。実はこのことについて、いったい誰が主導したのかを世界各国の特に情報当局でかなり大きな関心事です。もちろんアメリカにとっても、台湾にとっても、西側諸国にとってもいったい誰が主導したのかを知ることは、内部を知る非常にいい材料になるわけです。ですからアメリカの主要媒体であるニューヨークタイムズとかCNN、イギリスのフィナンシャルタイムズなど、いろいろな評論を出して推測しています。そして僕はなぜ3番目の可能性が一番高いと言ったかというと、1つの根拠としては、実は習近平政権当局はブリンケン国務長官の2月5日と6日の中国訪問のためにかなり準備をしているわけです。しかも中国のいわゆる準備というのは、単にどういうところで会談をするのか、ホテルなのか、その後の昼食会はどうするか、話の内容をどうするとか、そういうことだけではなくて、中国の場合はだいたい重要な会議の前に1つの牽制をします。牽制球を投げるわけです。その牽制球とは、ブリンケン訪問予定直前の人民日報に出した評論です。人民日報のどの評論が一番大切かというと、実は社説ではありません。人民日報の一番重要な評論とは、この鐘声というペンネームで書いた評論です。この鐘声というのはペンネームですけれども、中国語の発音としてはチョンシェン、つまり中央の声(中声=チョンシェン)という意味です。中央とは誰か。つまり党の中央。党の中央というのは国の指導者の声ということです。だからこの人民日報は社説よりも大切な評論は絶対に鐘声というペンネームで出すわけです。

ではこの鐘声の出した評論をちょっと見てみましょう。2月1日、2日、3日続けて3日間、評論を出しています。決して長い評論ではないですけれども、中身は基本的は同じです。2月1日に出した評論は何か。米中の間に絶対正しい道を見つけなければいけない。お互いに協力し合ってやっていかなければいけない、と書いてあります。お互いに協力し合ってもう喧嘩はやめましょうと、1つの善意のメッセージを送ったわけです。その翌日、2月2日は、どういうテーマかというと「デカップリングは通用しないんだ」。デカップリングをやめてくださいということです。アメリカはデカップリングをしようとしている。アメリカ政府はデカップリングをしようとは口では一度も言ったことはないです。しかし行動はデカップリングの方向です。中国はアメリカはデカップリングしているんじゃないか、と言っている。だからデカップリングはもうやめなさい、「協力関係を深めていくことが我々の活路なんだ」という意味です。中国のマーケットは非常に魅力的だから、どんどん投資してください。これはまさに習近平の側近で副総理の劉鶴がダボス会議で言ったことと全く同じことです。そして2月3日は何を言ったかというと、「陣営の対抗はもう将来がないんだ」と。もう対抗をやめなさい、陣営とは両陣営、アメリカ陣営と中国陣営の対抗はもう将来がない、「我々はウィンウィン関係こそ人心の所在」つまり全ての人間がウィンウィン関係を望んでいるという3本の評論を続けて出していました。

ところがこれにはちょっと面白い点があります。実は2月1日、2日、3日に続けて論文を出して、そして5日からブリンケンの中国訪問になるので、その前の3日間に牽制しようということなんですけれども、そうは問屋が卸さなかったんです。なぜかと言うと、2月2日にアメリカが中国のスパイバルーン(偵察気球)について正式に発表しました。アメリカの国防総省が発表した。その日に、中国は一番最初は否認しました。「我々のものじゃない」と。もちろんこれは中国政府が言ったのではなくて、環球時報です。環球時報も人民日報の傘下にある機関紙ですけれども、環球時報は、「こんなのはとんでもない、あり得ない!」と最初に言いました。その後一転して、「ああ、あれは民間の気球だ。不可抗力によってたまたま入っちゃったんだ。遺憾だ」と少し態度が軟化したんです。そしてまたすぐに態度が強硬的に転じました。本来、この時点(2月2日)で、朝早く発表したけれども、少なくとも翌日のこの論説はもう止めるべきだったんですね。もしこれが習近平の主導であれば、この日にアメリカがスパイ気球について発表して、翌日の評論で「これからまたウィンウィン関係」とか、「喧嘩はやめよう」とか、実際この日(2月2日)にはお互い喧嘩が始まったのに、この日(2月3日)はまだウィンウィン関係を呼びかけている。つまりブリンケン国務長官が訪問する前提でこれを出しているんです。もちろん前に書いたもので、本人の主導であれば、これをすぐに止められるわけです。実際これを発表してから止めることはできなくもないですけれども、そのまま出てしまいました。

そのまま出たということはどういうことかと言うと、つまりこれは前もって習近平が3本を出せという命令をしていたということです。ところがこの日(2月3日)に、もし習近平が自分で気球の飛行をやったのであれば、この2月3日の評論を出したことは覚えているはずです。一貫性を保つためにこの論評を止めなければいけない。ところが、止めてなかった。だからこれは一貫性がありません。片方は喧嘩していて、片方はまだ握手をしようということ。この一貫性のない行動から見ると、習近平は最初から最後まで、気球をアメリカに飛ばすということは把握していなかったと考えた方が正しいのではないでしょうか。

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