力による平和とは何か

台湾

藤井:はい。それでは今日の第2セクション、B『力による平和とは何か』というテーマで、お話しいただきます。根本的な問題です。今の時点でこれをしっかりと考え直しておく必要があると考えています。

林:力による平和という概念は、別に新しい概念でも何もなく、アメリカではレーガン政権のときに盛んに言われるようになり、実際に実行されていきました。peace through strengthです。それからしばらくは強調されなくなり、トランプが大統領になってから力による平和がしきりに強調されるようになりました。これは当たり前の考えですが、レーガン政権後、特に冷戦終結後のグローバリズム以降、そもそも力がタブーのように扱われてきたという経緯があります。「平和は当然で、空気みたいなものだ」というような風潮は日本だけではなく、全世界に広まっていきました。そういうふうに思っていなかったのは、おそらく中国と北朝鮮ぐらいかもしれません。まともな国であればあるほど、リベラル思想が蔓延していって、この常識のない認識が広がっていったわけです。動物の世界でも何でもそうですが、自然の法則で考えると、本来みんな力による平和です。ところが力が強調されなくなって、みんなに平和は当然だという認識が広がるなか、中国は軍備の増強を続けていきました。まったく歯止めがかからない状態です。その状況に台湾が悲鳴を上げると「いやいや、中国が平和をぶっ壊すことは絶対にあり得ない。だから、あなたはこのままでいいじゃないか」という扱いを受け、世の中の性善説に苦しめられてきました。グローバリズムの時代、台湾はずっとそのような扱いをされてきたわけです。だから、ある意味で孤独な戦いを続けてきたと言ってもいいでしょう。

藤井:平和と簡単に言いますが、まったく対立がない、完全な平和というようなものは国際社会には存在しません。ただ力の均衡が保たれているに過ぎない。例えばパックスロマーナという時代がありましたが、ローマ帝国に圧倒的な力があったからこそ、ローマ帝国の支配地域で平和が保たれていたわけです。第2次大戦後のパックスアメリカーナだって、アメリカによる平和と言われますが、アメリカの力が圧倒的なときはアメリカの勢力圏内はやはり平和で、ソ連が攻めてくるということはなかった。米ソ間でも戦争を起こさないような力の均衡があるわけですから、それを仮に平和と名付けているだけであって、そのためには多大な努力をしながら均衡が保たれてきたわけです。例えば今の日本から米軍基地や日米安保、自衛隊が全部なくなったとすれば、均衡が崩れ、明日にも人民解放軍が侵略してくるでしょう。あるいは北海道にはロシア軍が入ってくるかもしれません。そういったことをまったく分かっていないで、特に冷戦終結後のソ連崩壊のときに多くの人が勘違いしたことがあります。それは「資本主義と共産主義の対立は永久に消滅したから、これからは小さな地域紛争はあるにせよ、大きな戦争はもうないんだ」ということです。勘違いしたバカの1人が日系人のフランシス・フクヤマという人物です。私はバカなことを言う奴がいるなと思っていたんですが、彼は『歴史の終わり』という本のなかで「共産主義がダメだと分かり、世界は資本主義的な経済や生き方を選択した。体制の戦いを終え、人類の進歩という意味での社会体制の選択は終わったから、これで歴史も終わった」と超楽観的なことを書いていました。これが日本でも売れました。

林:全世界で売れました。

藤井:経済さえ発展すればいいという考えの下では国家は相対的なものと考えられていきました。世界は一つの村なんだというグローバルビレッジという言葉が流行り、世界各国も例えば東京都が23区に分かれているようなもので、同じルールで同じように経済発展していって、みんなが平和で豊かに暮らせばいいんだというような幻想です。そうじゃない考えの人たちが厳然といるということをついつい忘れて、西側の世界ではそういう考えが浸透していきました。

林:はい。

藤井:ソ連型共産主義はもうない。そういう体制を選ぶ国もないだろう。これからは経済発展だけに力を尽くしていけばいいんだという考えが世界中に広がっていきました。経済はゼロサムゲームじゃなく、プラスサムゲームだから、お互いにWIN-WINでやっていけばいいじゃないかということが盛んに言われてきました。そういうバカみたいな楽観論が流行っていって、その間にそういう考え方を悪用しながら、経済を伸ばし、牙を研ぎ続け、爪を研ぎ続けてきた国が、今の中国共産党帝国です。

林:つい最近、日本のある雑誌で評論家が「中国による平和だって、別にいいじゃないか」という趣旨のことを書いていました。

藤井:パックスシニカですね。そういう日本人がまた出てきているんですよ。

林:それを読んでいて、ちょっと気持ち悪くなりました。

藤井:台湾はもとより、日本人も、チベット人やウイグル人、内モンゴル自治区の人たちのように言葉を失い、漢民族の奴隷になるかもしれない。「それでもいい」と主張する日本人がいること自体、私は信じられません。

林:ミュンヘン協定の当時と似たようなものかもしれません。

藤井:ヒトラーのミュンヘン協定ですね。

林:今から振り返ると、チェンバレンがいかにナイーブだったかが分かります。しかし今もチェンバレンと同じような考えを持っている政治家あるいは評論家がたくさんいます。

藤井:その当時、ヒトラーが戦争を始まるまで、チェンバレンの考え方には説得力がありました。第1次大戦があって、ドイツが敗戦国になって、その後は世界恐慌でしょう。ナチスのヒトラーがドイツを立て直したのは事実で、多くのドイツ人はヒトラーが戦争さえ始めなければ拍手を送っていたのではないかと思います。ヒトラーが一種のケインズ政策的なものを実行して、ドイツ経済が良くなっていったのは紛れもない事実です。戦争さえ始めなければ、独裁者は独裁者でも、国民に感謝される独裁者で終わっていたのではないかという幻想すら、ありました。だからこそ、チェンバレンが当時やったことはイギリス中に歓迎されたわけですが、我々は今まさにそういうフェーズに立たされているのではないかということなんですよ。

林:チェンバレンを真似しようとしたのが、フランスのマクロン大統領です。

藤井:マクロン大統領は早速、中国にすり寄りましたからね。

林:はい。幸いにして、世界が性善説からやっと覚めつつあるということでマクロンは激しい批判を受けました。一方、チェンバレンが帰国したときはイギリス中から英雄視されました。

藤井:そうそう。空港で飛行機から降りてきたチェンバレンが大歓迎を受けている写真とか、フィルムが残っていますよ。

林:はい。あの当時、チェンバレンは「戦争を止めて平和を手にしてきた英雄だ」と大歓迎されましたからね。

藤井:アメリカはヒトラー時代にもドイツにかなり投資していました。IBMなんかはコンピュータ以前のデータ処理に不可欠なパンチカードを取り扱っていて、ドイツでかなり儲かっていた。今のチャイナに投資して儲かっている状況と似ていませんか。今だって「独裁だけど、経済は上手く回っていて、我々もWIN-WINで儲かっているから、別にいいんじゃないか」と考えられています。それに、ヒトラーに関しても当時は寛容でいいという考えがありました。その点も非常に似ていると思っています。

林:そうですね。中国に対する姿勢はまさにそうだったと思います。

藤井:はい。

林:マクロン大統領が批判を浴びましたが、幸いにして、みんなが性善説から覚めつつあるということが分かりました。これはSi Vis Pacem Para Bellumといいます。台湾ボイスで何度も紹介している言葉ですが、すべての人にこの言葉を肝に銘じてほしいと考えています。もう1度、簡単に説明させてください。

藤井:はい。

林:これはラテン語ですが、Siというのはif、もしです。VisというのはWishです。PacemというのはPeaceです。ParaというのはPrepareという意味で、Bellumというのは戦争という意味になります。Si Vis Pacem Para Bellum、もし平和を望むなら戦争を準備しろという意味になります。どんな時代でも、どんな政治家でも、肝に銘じてほしい言葉です。

藤井:戦争の準備をしなければ、平和はいつでも失われるということですね。

林:そうです。これには逆の言葉もあって、Si Vis Bellum Para Pacemとなります。あなたが戦争を望むなら平和だけ準備しろということですが、逆の言葉でも同じ意味が成り立ちます。今までの西側社会では実際に戦争を望んでいたから、実は平和を準備していたということです。平和だけ準備している場合には戦争がやってきます。

藤井:なるほど。

林:今回のウクライナ戦争が我々に気づかせてくれた教訓がもう一つあって、それは戦争はコストが極めて高いということです。ウクライナ戦争はウクライナ対ロシアの2国間の戦争ですが、西側諸国は武器投入などの支援だけではなく、全世界に引き起こされたエネルギー高騰や食糧危機など、インフレという形で全世界がそのツケを支払っています。

藤井:我々だって無意識のうちに高いコストを払わされていますよね。

林:そうです。エネルギーや食料が値上がりすることによって、一つの商品だけではなく、全般的に影響が及んでいます。だからこそ、インフレというのはすべての人間に降りかかってくるわけです。戦争のコストと抑止のコストはどちらが安いのかといえば、当然ながら抑止のほうが安いでしょう。抑止とは何かというと、戦争の準備です。戦争を準備すればするほど、戦争は起こらない。しかもコストが安い。もう一つ、計算できないコストがあります。それは人命です。あらゆる面から見て、それは予算だけではなく、社会的コスト、経済的コスト、人命のコストなど、全体的に考えれば、戦争するよりも戦争を抑止するコストのほうが遥かに安いはずです。しかし頭ではそういうふうに考えられたとしても、いざやろうとするときには絶対にあちこちから批判が殺到します。それは「戦争も何もないのに、なぜ武器を増強するんだ。また軍国主義に戻るのか」という批判です。アメリカでさえ戦費を増強しようとすると「なぜ無駄遣いするのか」と批判されます。なぜなら一般人からすれば、武器は絶対に要らないものだからです。戦争が存在するという概念がなければ、そもそも武器は要らない。不必要なものに予算を投入するなんて、できればしたくないと考えるのは当然でしょう。さらには若者を訓練すれば「戦場に送り出すのか」との批判を浴びます。日本社会は特に敏感だと思いますが、こういった批判は実は日本に限らず、西側陣営のほとんど国で変わらない現象だと言っていいかもしれません。なぜならリベラル思想が蔓延しているからです。抑止のためのコストのほうがずっと安上がりという考え方は保守派の少数の人たちだけがそういうふうに考えていたものの、大っぴらには言えないような状態だったということです。ところが今は違います。今は流れがかなり変わってきて、最近はアメリカの民意が明らかに変化しました。つい最近のNewsweekで発表された世論調査をご紹介します。

藤井:Newsweekといえば、かなりリベラルな媒体ですね。

林:Redfield&Wilson Strategiesという調査機関が4月4日に調査したものになります。台湾で戦争が起きた場合、アメリカが介入すべきかどうかということを質問しています。賛成する人がなんと56%。2022年8月に同じ調査をやっていて、そのときの賛成は47%だったわけですが、わずか8か月で9%も増えました。そして今までアメリカ人にとって最大の脅威はどこの国かと聞かれたら、昔の冷戦時代であれば、みんなが躊躇せずにソ連と答えていたでしょう。ソ連崩壊後も、最大の脅威はロシアでした。ところが今回の調査では、最大の脅威は中国と答えた人が41%、ロシアが35%、北朝鮮が7%、イランが3%という結果になっていました。この調査結果で何が分かるかというと、もし台湾が戦争になったら、アメリカの民意はアメリカの介入に賛成するということです。実際に戦争を発動するかどうかというときに大統領が民意を参考にすることはなく、国益を考えて判断すると思いますが、アメリカの大統領の一存で戦争を発動できることになっています。その後、国会で追認するという流れが一般的ではないでしょうか。それでも国民の支持があればあるほど、アメリカは戦争に介入しやすくなるとは思います。バイデン大統領は台湾に関しては「出兵する」と4回も言及しました。これはもはやアメリカ政府の姿勢だと考えていいでしょう。

藤井:それに関してはbipartisanで、超党派的な合意があるわけですよね。

林:そうですね。そしてアメリカの国会の最近の動きですが、まず4月19日に下院で、米国と中国共産党間の戦略的競争に関する特別委員会、通称中共委員会が開かれています。

藤井:共和党のギャラガーさんですよね。彼はすごい男だ。

林:マイク・ギャラガーです。すごい男です。この委員会では台湾海峡が戦争になる際のシミュレーションを国会でやりました。アメリカではシンクタンクや国防総省などがWargameというか、シミュレーションをやるのは別に珍しくないわけですが、国会でシミュレーションをやるというのは要例なことだと思います。

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