中国への影響

台湾

藤井:はい。今日の3番目のCセクションに入りたいと思います。テーマは『中国への影響』です。先ほどのセクションでは習近平と軍とのあいだに亀裂があるという話が出てきました。これからのチャイナでどのようなことが起きるのでしょうか。林さん、お願いします。

林:はい。我々チャイナウォッチャーにとって一つの判断材料になるのが、気球事件後の中国政府の反応と一般の人たちの反応との違いではないかと思います。中国政府がいったい何を考えているのか。我々の中国に対する見方は正しかったのか。中国の常識と一般的な常識は果たして一致しているのか。これらも一つの判断材料になるでしょう。

藤井:なるほど。

林:アメリカ人は今回のことで気球事件そのものよりも、中国政府の反応に驚いたのではないでしょうか。なぜかというと事件は実際に起きたことで証拠も見せているのに、中国政府がそれを認めなかった。アメリカが証拠を出したとき、中国は「あれは民間気球だ。不可抗力で入った」と言い張っていました。この態度にアメリカ人はなぜ中国はそこまでウソを突き通せるのかと思ったのではないでしょうか。アメリカの上下両院の決議でも分かるように、中国がウソを付いていることは明らかです。普通の感覚であれば、ウソを付いた後にそれがばれるとやっぱり恥ずかしいじゃないですか。皆さん、バツの悪そうな顔をしませんか。それは、皆さんが恥ずかしいと感じているからです。一方、中国はそういう態度をまったく見せません。恥ずかしいどころか、逆に高圧的な態度に出てきました。彼らは自分たちの犯罪行為が発覚したのに自らの非を認めず、逆に「おまえこそ、犯罪者だ」と激高したわけです。アメリカ人からすれば、価値観がまったく逆さまじゃないかと思ったことでしょう。

藤井:はい。

林:中国の反応が今後どのように影響するかというと、一つ目に中国の言っていることがまったく信頼されなくなると思います。二つ目ですが、アメリカが気球を撃墜したことに中国は猛烈に抗議してきました。しかも「反撃の権利を保留する」とさえ言ってきました。要するに窃盗行為を発見されてしまった犯罪者が、さらに報復にやってくるということです。気球事件でヒステリックな反応を示すだけなら別にいいと思いますが、そのような心理はとてもじゃないけど、正常な心理とは言えない。

藤井:そうですね。

林:三つ目ですが、中国は気球事件が起きた後、なんとブリンケン国務長官の訪中すら否定してしまいました。中国外交部は2月4日の会見で「ブリンケン国務長官の中国訪問を我々は知らない」との声明を発表していて、しかも「これはアメリカ側が勝手に発表しただけだ」と言及しています。つまりブリンケン国務長官は自分で勝手に中国にやってくるけど、我々の予定にはないと言っているようなものです。これはウソつきというよりも、今まで積み上げてきた事実でさえ全否定した形になると思います。これまで中国外交部は公式声明で「ブリンケン国務長官の訪問に我々も準備する」と言ってきました。それなのに、つい数日前に言っていたこと、事実でもあることを露骨に否定した格好です。これは、中国が歴史さえも捏造する国だということを自ら証明したような行為だったと僕は思っています。数日前のことすら否定する人たちですから、数十年前のことなんか簡単に否定できるでしょう。

藤井:はい。

林:四つ目、中国はアメリカの反応に明らかに誤った判断を下したと思います。今までは中国がどんなにひどいことをやったとしても、アメリカや日本を含め西側陣営は大人の対応で接してきました。大人の対応というのは言葉として聞こえはいいけど、要するに事なかれ主義だったということです。

藤井:そういうことですか。

林:はい。要するに中国を刺激したくないと考え、中国に対しては抗議も何もしないで、何事もなかったかのように収めてきたということです。だからこそ、中国は今回の事件でも「今まで通りの対応でいいじゃないか」と考えたのではないでしょうか。中国はアメリカからいろんな技術を盗んできました。主権侵害に当たるようなスパイ行為もやってきました。「今までお咎めがなかったのに、なぜ今回だけ大騒ぎするのか」と言いたいところでしょう。これは僕の推測ではなく、駐フランス中国大使の盧沙野(ろさや)が証明してくれています。彼は戦狼外交の代表的な人物です。彼は2月6日にフランスLCIテレビのインタビューに「アメリカ政府は最初に我々に気球を撃ち落とさないとほのめかしていたのに、なぜ中国側の意図を理解できなかったのか。我々中国は驚いている」と発言しています。要するに中国政府が驚いたのはアメリカが気球を撃墜したことではなく、なぜ中国側の意図を理解できなかったのかということです。もちろん米中のあいだに約束があったかどうかの言及はないものの、彼はきっと「撃ち落とさないという意思があったのに、なぜ最終的に撃墜したのか」と言いたかったのでしょう。彼の発言は半分ウソ、半分が正しい。アメリカ政府の反応を予想できなかったという部分は正しいと思いますが、それは決して彼自身が予想できなかったということではないと思います。中国人はバカじゃない。特に外交官は極めて優秀な人たちです。だから中国の外交官はアメリカがそういう反応を示すことぐらいは予想できていたでしょう。盧沙野は「中国は驚いている」と発言しましたが、おそらく驚いたのは習近平一派だと思います。

藤井:なるほど。

林:習近平一派は物凄く自信を深めていました。彼らは「気球を飛ばしたぐらいでアメリカはたいした反応を示さないんじゃないか。どうせ妥協するだろう」と考えていたでしょう。そしてバイデン政権は気球を撃墜する前に中国側と接触していました。2月1日にウェンディ・シャーマン国務副長官が中国大使館を訪れています。

藤井:なるほど。

林:その時点でマスコミの報道はもうすでに過熱していました。そこでウェンディ・シャーマン国務副長官は「気球が発見された。これ以上、我々は隠し通せない」というようなことを説明したのではないでしょうか。そして「バイデン政権としては大騒ぎしたくない」という意思を伝えたのではないかと考えられます。

藤井:なるほど。

林:ところがマスコミが2月1日から2月2日にかけて騒ぎ立て、そして共和党を中心に「撃墜せよ」との議論で大騒ぎになっていきました。トランプ前大統領をはじめ、共和党の政治家のほぼ全員が「撃墜しろ」と発言していたわけです。さらに民主党にも同じような主張がたくさん見られたほか、世論も「放置してはいけない」という意見が大勢を占めていました。それで、結果的に2月4日に撃墜したという経過を辿ります。その間にも収束を図るため、アメリカ政府と中国側で何らかの接触があったのは間違いない。つまり裏取引があったと僕は見ています。

藤井:裏取引しようとしていたのは確かでしょう。

林:少なくとも2月1日の時点では、そういうことがあったと言えます。だからこそ、盧沙野は「撃墜しないとほのめかしていたのに、なぜ最終的に撃墜したのか」と発言したかったのではないでしょうか。そして彼は「なぜ大騒ぎになったのか、逆に理解できない」と述べています。

藤井:なるほど。

林:チャイナデイリーは2月10日に「アメリカは成熟していない。極めて無責任だ。そしてヒステリックだ」という論評を発表しています。さらに人民日報も「今回の撃墜はバイデン政権が支持率を上げるためにやったことだ」と酷評しました。彼らは、アメリカ政府は弱気だから最初から妥協してくると判断していたと思います。そもそも習近平は東昇西降の信奉者です。東側が昇り、西側が落ちる。彼は中国が強くなり、アメリカが弱くなっていくと本気で信じています。なぜそんなことが言えるかというと、習近平の頭脳が誰なのかを考えれば分かりやすいでしょう。習近平の頭脳は彼自身ではなく、序列4位の王滬寧(おうこねい)が担っているということを認識すべきだと思います。彼は国師、国の先生と呼ばれている人物です。王滬寧は1993年に『America against America』という1冊の本を出版しました。『アメリカがアメリカを反対する』という意味になろうかと思います。復旦大学の教授だった王滬寧は1993年に半年間、アメリカを訪問していて、いろんな大学を回り、いろんな人たちと意見交換して、その後にこの本を書いています。彼はそのなかでアメリカのさまざまな社会問題に触れながら、結論として「今後アメリカは衰弱していく」と論じました。彼はアメリカ衰退論の急先鋒で、本気です。王滬寧は江沢民政権のときに中枢に入り、胡錦涛政権のときにも中枢から離れず、習近平政権では昨年10月の第20回共産党大会で政治局常務委員に昇格しました。ある意味、中国の理論構想を創り上げてきた人物と言っていいでしょう。中国の対米構想は王滬寧が考えたもので、要するに彼こそが習近平の頭脳だということです。

藤井:はい。

林:それで、習近平の頭脳である王滬寧はアメリカがこれから弱くなっていくと頑なに信じています。その時点で判断が間違っていると思わざるを得ない。中国の反応は強気一辺倒です。今でもその姿勢をまったく崩していません。もし習近平が本当に賢い人間であれば、今回の気球事件を早めに終わらせたほうがいいと思いませんか。

藤井:そうですよね。

林:習近平はこの事件をさっさと過去のものにしたほうがいい。アメリカ人の心理さえ理解すれば、この事態を収束させるのは実に簡単だと思います。第1に事実を認める。アメリカ人が最も嫌うのは、ウソを付く人、罪を認めない人、反省しない人です。だから真っ先に事実を認めたうえで「確かにうちの探察気球だ。私の知らないところで誰かが飛ばしてしまった」と説明すればいい。第2に国のリーダーとして「申し訳ない」を素直に謝罪する。それから事実究明するふりをして、責任者を処分する。独裁者だから責任者を処分するのは簡単じゃないですか。たとえ責任がなかったとしても、誰かを捕まえてきて勝手に処分してしまえばいい。そして最終的に賠償する。ミサイル1発だって何十万ドルもかかります。気球の回収作業にも金がかかります。「それらをうちで負担しましょう」と賠償すればいい。そこまで対応すれば、アメリカ人だって「しょうがない。誠意ある対応を見せてくれたから、ここら辺で手打ちにしましょう」ということになるのではないでしょうか。これが最も簡単に事態を収束させる方法です。なぜ中国がそのようにしないのか。二つの理由が考えられると思います。一つ目は、ただのバカだから、まったく思い付かなかった。

藤井:はい。

林:二つ目は、習近平の権力基盤が強固に見える割には、実際にはそれほど強固になっていなかった。

藤井:習近平が絶対的な権力を持っている独裁者だったら責任者を片付けてしまうとか、何だってできるはずなのに、それができないということですか。

林:そうです。人間というのは強い人ほど自分の過ちを認められるものです。一方、弱い人は自分の過ちを認めない。習近平は自分の知らないところで誰かが動いていたということを認めれば、自分自身はみんなから弱気に見えるんじゃないかと思っていることでしょう。もし本当に無敵の存在であれば、別に批判されないじゃないですか。批判されるかもしれないと脅えているからこそ、彼は最善の策を取れなかった。そして彼の権力基盤がそれほど強固ではないからこそ、逆にアメリカにケンカを売ってきたと言えるのではないでしょうか。本来はこの件だけを片付けておけばいいのに、逆にアメリカを非難してしまったわけです。アメリカの議会が中国共産党を非難する決議案を採択すると、中国は全人代の常務委員会でアメリカの議会を非難する決議案を出しました。売られたケンカは買ってやろうじゃないかという姿勢を見せたわけです。さらに新華社通信には2月9日に「アメリカは偵察行為をすぐにやめなさい」と報道させています。まさに論点をすげ替えです。

藤井:なるほど。

林:中国の気球がアメリカでスパイ行為をやっていたのに、中国は「あなた、スパイ行為をやめなさい」と非難したわけです。アメリカの論者は気球事件そのものよりも、その後の態度のほうがひどいと考えています。しかも中国外交部の報道官の汪文斌(おうぶんひん)は2月13日に「アメリカは気球を十数回も飛ばして、中国の領空に入ってきた」との声明を出しました。そのとき、ロイター通信も含め西側のマスコミが「アメリカの気球が中国の領空に入った証拠はありますか」と逆に質問すると、汪文斌は「証拠はアメリカに聞け」と言い出す始末です。

藤井:わははは。なるほど。

林:外交部の会見では西側とのマスコミとのあいだで押し問答がずっと続けられました。マスコミが「いつ、どこで、どのように把握したのか」と尋ね、汪文斌は質問のたびに「アメリカに聞け。アメリカには証拠を出す義務がある」と答えるという展開が続きました。これは、もはや話がまったく通じないことを示しています。そしてバイデン政権は中国に対して制裁をかけることもなく、謝罪を要求したことさえないのに、中国は2月16日にアメリカ国防産業のLockheed Martin(ロッキード・マーチン)とRaytheon(レイセオン)に制裁を発動しました。

藤井:二つとも巨大な国防産業ですね。

林:両社が台湾に武器を売ったということで、台湾に提供した武器の2倍の金額の罰金を支払うように要求しました。要するに泥棒が被害者に損害賠償を要求したということになります。

藤井:なるほど。

林:それだけで済ませればいいものの、今度は世論操作まで始めています。アメリカのオハイオ州で2月3日に列車事故があったじゃないですか。

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