藤井:第2部に入りたいと思います。Bセクションは『チャイナ経済の行方』というタイトルになります。その前に、私がAセクションで質問し忘れたことをここで質問させてください。今回の共産党大会で、ずばり習近平思想という言葉は出てきたのでしょうか。
林:もし習近平思想という5文字が共産党大会の場で語られたとすれば、これは毛沢東と同格になることを意味します。名前プラス思想というのは基本的に毛沢東だけ。毛沢東思想というような簡単な5文字であれば、それには大きな意味がありますが、今回の党大会に習近平思想という5文字は出てこなかったというのが実際のところです。
藤井:なるほど。
林:今まで通りの『習近平新時代中国特色社会主義思想』というものは含まれていましたが、こういう言葉は長いほどインパクトに欠けると思います。『習近平なんたらかんたら思想』は確かに入っていましたが、習近平思想そのものは登場しなかったということです。
藤井:なるほど。それは前と変わらないということですか。
林:そうです。一緒です。
藤井:なるほど。そうすると神格化はされたけど、神の格としては毛沢東のほうがまだ上だということですか。
林:そうです。神格化というのは実は習近平の願望で、だからこそ彼は自分の可能な範囲内ではそういうふうにやっていました。
藤井:なるほど。
林:先ほど申し上げたように、すべての人間は彼の演説を視聴しなければいけない。そういう部分では彼はやっていたわけですが、それでも党内の抵抗があって、党の規約や政治報告書に人民の領袖という言葉を明記することは実現できていません。確かに人民の領袖という言葉が会議のなかでの討論会や記者会見、あるいは個人の発言でパラパラと出てきていますが、党の規約に盛り込まれるということには至っていないということです。
藤井:なるほど。
林:人民の領袖という称号は実は毛沢東1人だけではなく、華国鋒、劉少奇、周恩来、鄧小平も得ています。ただし生きているうちに、その称号を得たのは毛沢東だけ。華国鋒は鄧小平に失脚させられるまでの非常に短い期間だけ、そういう称号を得たことがありますが、実質的には毛沢東だけだと思ってください。人民の領袖という称号を得られれば、党よりも地位が高いということを意味します。党というのは人民のリーダーです。人民のなかから党が形成されるわけですから、人民のなかの最上位の人間というのは党よりも格上の存在だというふうに考えられています。そして習近平が今回手に入れられなかったものとして人民の領袖という称号のほかに、もう一つは党の主席という座が挙げられると思います。
藤井:あー。中国共産党の主席ですか。
林:そうです。総書記というのは、あくまでも7名の常務委員のなかの1人であって、建前上は常務委員7名は平等とされています。一方で主席になれば、別格の存在になります。
藤井:なるほど。
林:総書記というのは、まとめ役だと思ってください。学校のなかの生徒会の会長みたいな感じです。生徒会の会長というのはやっぱり学生ですよ。
藤井:そうですね。
林:ところが主席の場合は学生ではなく、先生ですから格が全然違うわけです。
藤井:なるほど。
林:彼は今回の共産党大会で人民の領袖という称号と党の主席という役職の二つを得ることができなかったということです。現状で十分だと思いますが。一方で党の規約に二つの確立を入れることによって、彼の思想が党の思想になったほか、彼は党の核心的存在になりました。習近平に対して党のすべての人間が反抗できないという状況を作り出したわけです。僕から見れば、今回の党大会を経て、実質的に党内での彼の神格化は完成したと考えています。
藤井:はい。
林:第20回共産党大会の閉会式翌日の10月23日、第1回目の中央委員会の全体会議が開かれています。そのなかで何が議論されたかというと、たった一つ、幹部人事です。習近平に次ぐナンバー2の総理には上海書記だった李強が選ばれました。また序列の3番目が趙楽際、4番目が王滬寧です。趙楽際と王滬寧と習近平の3名が前回の常務委員からの留任組になります。一方でそれ以外の李克強、汪洋、韓正、栗戦書の4名が引退させられました。そして序列の5番目が北京市の書記の蔡奇(さいき)です。この人もやっぱり習近平の子飼いの人間です。6番目は元中央弁公庁の主任の丁薛祥(ていせつしょう)。丁薛祥も習近平の子飼いです。さらに7番目には広東省の書記の李希(りき)が選出されました。もちろん彼も習近平の子飼いです。そもそも胡春華あるいは汪洋が次期首相と目されていましたが、習近平は李強を首相に任用しました。
藤井:はい。
林:汪洋は習近平より若く、まだ67歳です。留任しても良かったと思いますが、結局は中央委員にすらなれなかった。胡春華は中央委員になり、おそらく政治局員にも選ばれるとは思いますが、常務委員にはなれなかったわけです。
藤井:はい。
林:首相というのは基本的には経済を主管しています。中国の国家体制システムとしては総書記あるいは国家主席が外交や軍事に関する権限を持ち、内政面の主に経済を国務院のトップである総理が主管するという形を取っています。しかしながら習近平の過去10年間は彼自身が小組という小委員会をいろいろ作って、李克強から実質的な権限を奪い、経済政策を自分一手で主導してきたと言っても過言ではありません。例えば彼は中学時代の同級生の劉鶴を重用して、彼に経済を任せてきました。そのため、李克強は習近平とのペアを組んだ10年間、権限がほとんどないという状況に置かれています。
藤井:はい。
林:習近平は今回、自分の子飼いの李強を任用しています。これは、中国のこれからの経済対策は100%習近平色に染まるということを意味しています。
藤井:はい。
林:中国の首相というのは、首相になる前に副首相をだいたい経験しています。建国後まもなくの周恩来だけは別ですが、周恩来以降の首相はだいたい副首相の経験があって、少なくとも国務委員にはなっています。つまり国レベルの仕事をやった経験がある人のなかから選ばれるというのが慣例でした。周恩来以外に例外はないと思います。今回の李強は副首相の経験はなく、もちろん国務委員になったこともない。彼は地方の経験しかない人物で、しかも今現在は上海市の書記を務めています。
藤井:はい。
林:李克強の任期は全人代が開かれる来年3月まで。それ以降は李強が首相を務めるわけですが、先ほど申し上げたように、李強は上海市の書記です。今年4月の上海ロックダウンを指揮していたのが李強という男です。
藤井:ええ。
林:だから、この人物は本当に能力があるのかどうか疑わしい。さらに常務委員に選ばれた蔡奇は北京市の書記を務めていて、数年前の極寒の日に北京の貧しい人たちを突然、強制的に追い出したことがあります。蔡奇も物凄く評判の悪い男です。李強は少なくとも蔡奇よりは能力があるでしょう。しかし今回の上海ロックダウンは評判が非常に悪かった。習近平はそんな2人を起用しています。その理由はたった一つ、習近平の命令に忠実な男だということです。
藤井:子飼いの子分で、自分の言うことをよく聞いてくれることが習近平に選ばれる第1の条件ということですか。能力は第2ということですか。
林:そうです。
藤井:従順な子犬みたいな男でありさえすればいいわけか。
林:そうです。この人事を見て、中国経済の将来の方向性が分かるのではないでしょうか。
藤井:これはすべてが上手くいくと思います。わははは。
林:わははは。我々の狙い通りの展開になると思いますよ。中国経済の行方ということですが、実は第20回共産党大会の閉会式の翌日の10月17日、中国の国家統計局が「第3四半期のGDP成長率の発表を無期限に延期する」と発表しました。
藤井:あれは無期限の延期なんですか。
林:無期限です。
藤井:それは知らなかった。延期したとは聞いていたけど、無期限ということは聞いていなかった。
林:無期限に延期するということが発表されました。
藤井:すごいな。
林:これはおそらく普通の国では今まで例がなかったと思います。もちろん中国は普通の国じゃないんですが。
コメント