台湾情勢の回顧と展望

台湾

藤井:2022年は台湾でいろんなことが起きました。林さん、そこら辺の解説をお願いします。

林:台湾ボイスの会員にとっても、ショッキングなことが起きました。少なくとも民進党の支持者はかなりショックを受けたと思います。それは11月26日の統一地方選での民進党の大敗です。

藤井:大敗しましたね。

林:世界中のマスコミが今回の民進党大敗を報道しています。台湾ボイスで説明しましたが、今回の場合は民進党が国民党に負けたというより、自分に負けたというほうが正しいのではないかと考えています。なぜなら民進党が2024年の総統選ばかりに目を向けていて、今回の選挙に全力で臨んでいなかったからです。これが敗因だと僕は分析しています。党内の各派閥にはいろんな利害関係がありました。今回の統一地方選で負けたほうが次の総統選で自分に有利に働くのではないかと打算で動く人たちがいたことは事実でしょう。なぜ民進党が自分に負けたと言えるのか、ここでデータで示しながら説明したいと思います。

藤井:はい。

林:一つは2022年11月26日の統一地方選での民進党の票数です。市長、県長の総票数は477万票でした。得票率で42%になります。一方、民進党が大勝した2020年の総統選において民進党は比例代表の政党票で481万票を獲得しています。日本は選挙区と比例代表の票を合算して票数に応じた議席を配分しますが、台湾の比例代表は日本とは違い、比例代表は比例代表だけの票数を数えます。477万票と481万票には票数としてそれほどの差がないわけですが、総統選の場合は投票率が高く、当時の民進党の得票数は34%しかなかったのが実態です。二つの選挙をくらべると、今回の統一地方戦のほうが票数は少なかったものの、比率で見れば今回のほうが高かったという結果が出ています。つまり民進党にはこのぐらいの基礎票があるということです。他方、当時の蔡英文は817万票を獲得して総統に選出されました。

藤井:おー。

林:817万票と481万票には300万票の差があります。これが何を意味するのか。台湾の選挙民は民進党に政権を取らせたい一方、民進党に対する不満を持っているということです。

藤井:なるほど。

林:そして蔡英文に投票した票の多くが今回の選挙で民進党に投票しなかったということは、民進党の支持者しか選挙に出てこなかったということを意味しています。

藤井:あー。なるほど。プラスアルファの浮動票が動かなかったわけですか。

林:そうです。プラスアルファがなかった。

藤井:要するに無党派層で民進党に投票しようという人たちが少なかったということですね。

林:そうです。総統選で蔡英文に投票しながら、今回の選挙に来なかった人たちの多くが若者です。なぜ若者が投票しなかったのかというと、先ほど申し上げたように、民進党が内部の派閥争いに終始していて、、真剣に選挙戦に臨んでいなかったからだと思います。

藤井:林さんは民進党大敗の直後に「若者が動かなかったことが大きかった」と指摘されました。

林:そうです。民進党内には負けたほうがいいと考えていた派閥もあったでしょう。しかしながら実際にこれほど大敗するとは考えていなかったのではないかと思います。民進党としては大きなダメージになってしまい、これで党勢が失われたと考えています。

藤井:そうですね。

林:実際に民進党支持者はかなり落ち込んでいました。今回の選挙は2018年の統一地方戦での大敗に似ています。

藤井:あのときも大敗しましたよね。

林:2018年11月の統一地方選に大負けして、みんなが落ち込んでいました。蔡英文総統もかなり落ち込んでいたと思われます。2020年の総統選でも大敗するのではないかとみんなが危機感を抱いていました。ところが、このときは2019年1月2日にあの方が民進党に助け舟を出してくれました。

藤井:あの方ですよね。

林:はい。習近平です。

藤井:わははは。

林:習近平は2019年1月2日の元旦談話のなかで「台湾を1国2制度で統一しよう」と発言しました。そのとき、蔡英文総統は即座に「我々は絶対に拒否する」と反論の声明を出しています。民進党はそれ以降、すっかり元気を取り戻しました。

藤井:なるほど。

林:今回の場合も地方選に大負けして落ち込んでいたものの、1月を待たずに12月27日のある出来事によって急に元気を取り戻しました。日本の新聞でも1面で報道されたように、台湾が兵役延長を決定したからです。

藤井:はい。

林:今回の決定で兵役期間が4か月から1年間に延びました。兵役延長は若者だけではなく、国民みんなに不人気な政策です。票を失うことを考えると、与党はできるだけ発表したくない政策だと思います。本来であれば国民からの反発は避けられず、政権内では「2024年の総統選後に先送りしようじゃないか」というような議論さえありました。しかし今回の地方選で民進党がなぜ信頼を失ったのかというと、それは民進党が選挙ばかり考えているからです。不人気な政策をできるだけ避けようとしていることが有権者に見透かされたのが一因ではないかと僕は考えています。

藤井:はい。

林:これは民進党の党自体の姿勢であって、蔡英文の姿勢は違います。なぜなら蔡英文は1期目に物凄く不人気な年金改革をやっているからです。そして彼女はこれまた不人気な労働基準法の改正にも取り組みました。労働基準法は労働者からも企業からも批判されます。しかし彼女は年金改革と労働基準法の改正という二つの政策をどちらも実行しました。これらが2018年の地方選で大敗した要因だと言われています。今回の場合、彼女が地方選前に何をやったのかというと、アメリカ産豚肉の全面解禁です。これは不人気政策の一つです。また日本の福島周辺の農産物も解禁しています。これも少なくとも国民党からは激しく批判されました。彼女が不人気な政策を実行した後、民進党は蔡英文を擁護することなく、弁護することもなく、党内の一部からの「こんなことは拙速じゃないか。選挙のことをもっと考えなさいよ」との批判に晒されました。こういうことだから、国民から「民進党は選挙しか考えていない」と言われてしまいます。蔡英文政権に悪いところが一切ないとは言いません。蔡英文総統は1期目のときには記者会見をよく開いていました。ところが2期目になってからは記者会見の回数が激減しました。国民に向けて丁寧に説明するという姿勢が見えなかったのは確かだと思います。選挙の票というのは追い求めれば追い求めるほど、逃げていくという性質を持っています。お金と同じですよ。

藤井:はい。

林:「俺は金が欲しい」と金銭欲を丸出しにしている人のところにお金は流れこない。票もお金を同じだと思います。

藤井:なるほど。

林:今回の兵役延長というのは若者の時間を拘束するだけではなく、場合によって若者を戦場に送り出すことになるかもしれません。誰が考えても不人気な政策だと思います。しかし同時に誰かがやらなければならない。台湾には兵力が足りていないからです。もう一つは兵役を延長しないとアメリカからの信頼が失われてしまうという観点もあったのではないかと思います。選挙があるから先送りされるだろうと考えていた国民は多かった。ところが蔡英文総統は12月27日に「兵役を4か月から1年に延長する」と発表しました。さらに月額6500台湾ドルだった兵士の給料を一気に4倍の2万6300台湾ドルに引き上げました。それだけではなく、1年間の兵役期間中の給料を年金に計上することも決めました。また兵役に就くのは18歳から20歳ぐらいまでの若者です。台湾では大学生のあいだに兵役に就くことが多く、兵役が1年間に延びると大学の4年間に兵役の1年間が加算され、社会に出るまでに5年間を要することになります。しかしながら今回の発表では大学の単位を夏休みや冬休みに履修できるようにするなど、4年以内に大学を卒業できるようにすることなどが盛り込まれました。若者にとっては決して無駄な時間ではないということです。

藤井:なるほど。

林:それから最も重要だったのは訓練の内容を変えたことではないかと思います。はっきり言うと、4か月の兵役では訓練できていなかったと言っていいでしょう。

藤井:4か月では無理ですね。

林:軍にとって、4か月の兵役はお荷物でしかない。

藤井:なるほど。

林:例えば我々がスタッフを採用することを考えてみれば、分かりやすいと思います。スタッフをどのくらい教育すれば1人前になるでしょうか。もちろん職種によって必要な期間は変わってきます。僕は医療事務を採用していますが、新人スタッフに医療事務の仕事を任せられるようにするためには少なくとも6か月の教育期間が必要だと考えています。半年の教育を経て、やっと自分1人で仕事ができるようになると考えています。そして6か月の教育期間中には教育係を1人は配置しなければならない。要するに1+1=2ではなく、1+1=0になるということです。1人を新たに雇うと1人を教育係に回さなければならないから、結果的に業務に従事する人が1人減ってしまうということになります。4か月の兵役はそれと同じです。

藤井:なるほど。

林:若者たちを4か月の兵役に入れると、彼らを教えるために教育係を割かなければいけない。それで以って4か月で教えたとして、若者たちにいったい何ができるのか。おそらく何もできないでしょう。4か月後に戦力に数えられるならまだしも、彼らは帰ってしまいます。だから軍としても教えようという気がない。結果的に4か月の兵役というのは、軍にとってお荷物でしかないということです。

藤井:なるほど。

林:そして4か月の訓練がどういうものかというと、訓練しないという訓練です。軍としては貴重な戦力を使ってまで彼らの教育係に人員を割くというような余裕がない。だから最もいい方法は彼らを放っておくということです。草刈りやペンキ塗りをさせる。他には何もしない。要するに4か月の訓練というのは、軍にとっても、若者にとっても無駄な時間だったということです。台湾の若者がなぜ兵役を嫌がるのかというと、彼らにとって大切な4か月を無駄なことに費やすのが嫌だったからでしょう。

藤井:なるほど。

林:若者は軍に入隊しても学ぶことは何もないと考えています。

藤井:軍にとっても無駄な4か月、若者にとっても無駄な4か月だったということですね。

林:そうです。4か月では何もできないじゃないですか。だから人力の浪費だったと言えると思います。だからこそ、兵役には少なくとも1年間が必要だったということです。6か月のあいだに基本訓練をやって、その後の6か月は戦力に数えられる。

藤井:なるほど。

林:そして訓練の内容が変わります。例えばスティンガーやジャベリンくらいは操作できるように訓練することになるでしょう。実は台湾は国産の対戦車ミサイルを製造しています。

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