日本情勢の回顧と展望

台湾

藤井:それでは、第2部を始めたいと思います。日本の国内情勢を振り返ったときに、真っ先に思い浮かぶのは安部さんの暗殺ではないでしょうか。

林:はい。

藤井:これは重大事件だったと思います。安倍晋三さんは享年67歳で、お父さんが亡くなられた年齢と同じだったということです。彼はまだまだ日本の国益を担って活躍できる年齢だっただけに非常に残念です。

林:はい。

藤井:安部さんは現役の総理大臣ではなかったものの、明治以来の歴史では最長の総理在任期間ということで、私は当然ながら国葬に値する人物だったと考えています。

林:そうですね。

藤井:国際的にもそういう評価だったのではないでしょうか。

林:台湾ではみんなが悲しみに暮れています。安部さんの銅像は日本よりも先に台湾に建てられました。

藤井:1番始めに台湾に建てられましたよね。

林:安倍さんの銅像は高尾市にあります。今ちょうど安部派の世耕さんが台湾訪問中で、そちらを訪れたと聞きました。日本には安部さんの銅像がまだないと思います。

藤井:ないですよ。

林:台湾のほうが先に建てられた。そして台湾では、高尾でも、台北でも安部さんの追悼大会が何度も開催されました。基本的には日本人と同じぐらい悲しんでいるという印象です。

藤井:そうですね。

林:はい。

藤井:アメリカの国会でも安部さんの功績を称える決議文が採択されましたが、国際的に見ても国葬じゃなければおかしいと思います。

林:おかしいですね。

藤井:もし病気で亡くなった場合は別かもしれませんが、現役の総理大臣ではなかったにせよ、政治的なテロの犠牲者だったということですから、テロに対して戦うという姿勢を鮮明に打ち出すためにも国葬にすべきだったと思います。

林:そうですね。

藤井:国葬はおかしいという考え方自体が私にはちょっと理解できない。

林:はい。

藤井:中曽根さんだって5年間も総理を務めましたが、彼は政界引退後、余生を悠々自適に過ごして90代で亡くなられたわけだから別に国葬じゃなくてもいいと思います。「戦後、正式に国葬だったのは吉田茂だけじゃないか。それに匹敵する業績がない安部元総理を国葬にするのはおかしい」という議論がまかり通っているのが私にはまったく理解できない。国葬にしなければ、それこそ国際的に見て日本はおかしな国だと思われますよ。

林:その通りです。

藤井:外国から国家元首級の来賓の方もいらっしゃるわけですから、逆に国葬じゃなければ儀式の格式が保てないのではないかと心配していました。

林:はい。

藤井:国葬だからこそ、相当な予算を使って警察などを動員して安全面が担保されるわけであって、そうじゃなければ外国のお客さんに対しても失礼だと感じていました。これは国葬にすべきだったと思います。逆にいえば、安部さんが亡くなられた後に「国葬はけしからん」というような議論が繰り広げられていたこと自体が、私にとってはもう一つの残念な事件だったと言えるかもしれません。

林:そうですね。

藤井:安部さんは今の日本の政治家のなかでは例外的な人物だったと思います。なぜなら彼は本当に大所高所から日本の国益を考え、政治を行なってきた。安部さんのおじいさんは岸元総理で、地元の山口県にはしっかりとした地盤があって、国会議員になることに苦労しなかった人物です。おじいさんも、お父さんの安部晋太郎さんもそうだった。安部晋太郎さんは総理にはなれなかったものの、竹下元総理と同じ時代に安部派を率いて、外務大臣まで務めた。しかし残念なことに病に倒れてしまったという経緯があります。安倍さんは国会議員としても、おじいさんから数えて3代目。さらに地元のことを考えれば、何代にもわたって政治に携わってきた名門中の名門です。

林:はい。

藤井:だからこそ、安部さんは若くして国会議員に当選した。そして国会議員になることにさほど苦労したことはなかった。一方で2代目や3代目、4台目というのはバカな場合も多い。特権のうえに腰掛けて、地方のお殿様みたいになってしまう人も少なくない。やる気がないのに自分の特権だけを享受していて、貴族階級のように勘違いしているような人たちも政界には結構多いわけです。

林:はい。

藤井:それにくらべ、安部さんは若い頃からよく勉強していて、総理になったら何をするべきかを真剣に考えてきた人です。そして日本の国益のために身を粉にして働かなければならないという意識を強く持っていた人でもあります。

林:はい。

藤井:私は個人的なお付き合いはあまりなかったんですが、いわゆるナイスガイで、パーソナリティの大変いい方で、好人物であって、人付き合いも良かった。そういう人は大概は信念がない場合が多いわけですが、彼には信念があった。そしてやるべきときには、マスコミに何を言われようが、誰かに反対されようが、信念を曲げずに国益のために断固として政治を行なう人物だった。こういう人がもっと現れなければならないと思いますが、彼は日本の政界で非常に例外的な方だったということだろうと思います。安部派は自民党の最大派閥ですが、安部さんがいなくなってしまったことで、やっぱりダメなんですよね。

林:なるほど。

藤井:本来であれば弟の岸信夫さんが後を引き継いでくれればいいと考えていましたが、体調が悪くなってしまい、政界を引退することになりました。岸さんも見識のある方で、兄から弟ということであれば、派閥の継承もスムーズに進められると思いましたが、体調が悪くなってしまったということでダメになりました。

林:はい。

藤井:残念ながら、これは保守勢力の中核であった安部派がリーダーを失ってしまったということを意味します。自民党内には左翼やリベラル派、親中派がいっぱいいます。あるいは信念なき親米派やグローバリストの人たちもたくさんいます。日本のナショナリストとして、国益を第1に考えて政治を実行できる人物は少ないと思います。私が考えている国益とは何かというと、額に汗して働いている庶民の人たちの安全を確保し生活を豊かにすること。ところが、これが政治の基本だということを認識している政治家はそんなに多くない。

林:はい。

藤井:そういう意味で、私たちは貴重なリーダーを失ってしまいました。総理を2回も務めながらも、安部さんはまだ67歳だったわけです。日本がピンチに陥ったときには、緊急時のピンチヒッターというか、救国内閣というか、もう1回ぐらいは総理に返り咲くチャンスがあったと思います。

林:そうですね。

藤井:それから安部さんは総理大臣をあれだけ長く務めたことから、国際的な人脈が最も豊かな日本の政治家だったと言えるでしょう。

林:そうですね。

藤井:西側の政治家で安部さんよりもトップを長く務めたのはメルケルさんだけです。それから安部さんはライカブルなパーソナリティというか、みんなに好かれるお人柄だった。

林:はい。

藤井:気難しいトランプとも仲が良かった。これはたいしたものだと思います。

林:そうですね。

藤井:トランプが大統領に当選したとき、真っ先にニューヨークに飛んでいったのが安部さんです。それも大統領に就任する前です。そんな外交をやった日本の総理大臣は歴代総理を見渡してもいないのではないでしょうか。こんなに切れ味のいい外交を展開した型破りな総理はいなかった。

林:そうですね。

藤井:おそらく外務省は「そんなことをしてくれるな」と思ったはずですが、安部さんは外交儀礼とか、そんな悠長なことを言っている場合ではないと考えた。行けば行ったで、トランプはああいう性格ですから会おうじゃないかということになったんだと思います。そこら辺も見抜いたうえで総理大臣自らが乗り込んでいったというのは、戦後の日本というか、明治以来の日本の外交でも珍しいのではないでしょうか。それが結果的に日本の国益に非常にプラスになったことは間違いない。そういった人物を失ったことで、日本がどれだけのダメージを受けたかは計り知れません。

林:はい。

藤井:それから安部さんのアベノミクスは必ずしも上手くいかなかったわけですが、少なくとも日本経済をある程度は浮揚させて失業者を減らしたということは評価すべきです。そして少々は景気がいいかなというぐらいまで回復させたことは事実です。アベノミクスでは第1の矢の日銀の異次元緩和と第3の矢の規制緩和ということに関してはある程度は実行できた。結果的に未消化に終わったのが第2の矢の部分。これは政府が財政支出を増やして日本経済を成長軌道に乗せるということだった。これが上手くいけば、そこから先はそんなに赤字予算を組まなくても、成長軌道に乗って税収も上がっていくという計算があったのではないかと思います。私に言わせれば、第2の矢が飛ばなかった。

林:なるほど。

藤井:これは財務省が緊縮派だったために、安倍さんといえども、財務省の壁だけは破れなかったということだろうと思います。そして消費税を10%に増税せざるを得なくなった。これで景気を悪化させてしまいました。

林:はい。

藤井:消費税が10%に増税されるときには、私たちも安部さんに「景気が必ず悪くなるからやってはいけない。財務省に抵抗してくれ」とお願いしました。安部さんは「いや、これをやらないと財務省にサボタージュされて、財務省から全面的に反撃される。そうなれば安倍内閣はもたない」というような認識を持っていました。10%に増税するというのは既定路線だったわけです。案の定、増税後に景気は冷え込みました。

林:はい。

藤井:2022年を振り返ると、岸田さんは安部さんが亡くなったことを受け、早速アベノミクス離れを始めました。安倍離れを始めたと言ってもいいでしょう。もし安部さんが生きていたら、これほど露骨に増税路線に転換することはできていなかったと思います。岸田さんという人は親戚から何から財務省のエリートに取り囲まれた、いわば財務省一家です。これは私の造語ですが、彼を支えている最大勢力は財務省銀行複合体ですよ。軍産複合体ではなく、財務省銀行複合体です。

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