資金を枯渇させる

台湾

藤井:第4セクションのD『資金を枯渇させる』習近平ということで、お話しいただきたいと思います。

林:ブルームバーグが4月3日に記事を出していて、習近平政権の1期目と2期目の過去10年間で政府債務が10倍に膨らんだと報道されました。習近平政権が金を注ぎ込んでいる分野はたくさんありますが、大まかにいうと、一つが軍事拡張路線、もう一つは彼が始めた一帯一路、そして三つ目が無駄なインフラ投資という、三つに絞られるのではないかと考えています。

藤井:なるほど。

林:一つ目の軍事拡張路線ですが、今年の軍事予算は前年比7.2%の増額となりました。2022年の中国のGDP成長率はおそらくマイナス成長だったのではないかと僕自身は考えていますが、中国政府が発表したGDP成長率3%を素直に受け取ったとしても、今年の軍事予算の7.2%増額は大幅に伸びたと言っていいでしょう。GDP成長率が高いときに軍事予算を増額するのはおかしくないと思いますが、中国ではGDPが大きく落ち込んでいるにもかかわらず、国防予算だけが大きく増えています。しかも僕の予想では国防予算は7.2%増ではなく、実際は中国が発表した額の数倍になっているでしょう。これはもうすでに多くの人たちの共通認識になっていますが、中国の軍事予算には海外から調達した兵器が含まれていないばかりか、兵器の研究開発費や軍事関連施設の費用、さらには人件費すら計算に入っていないからです。それでも中国の軍事予算が日本円で30兆円という途方もない額に到達したことは注意すべきです。

藤井:莫大な金額になりましたよね。

林:軍事予算を大幅に増やしたことで国が崩壊した例はいくつもあります。そのなかでもソ連崩壊は私たちの記憶に鮮明に残っているのではないでしょうか。アメリカのレ-ガン政権との軍拡競争に疲弊したソ連はその後、崩壊の道を歩みました。国にとって軍事予算というのは、崩壊を招くぐらい重い負担になるということです。

藤井:なるほど。

林:さらに分かりやすい例を挙げておきましょう。中国は現時点で3隻の空母を保有していますが、今後は少なくとも6隻まで造るという計画を持っています。空母の維持費は現時点でも大きな額になっていて、これが普通の国だったら、その負担におそらく耐えられないでしょう。ロシアだって保有する空母は1隻だけ。イギリスだって空母を減らしています。

藤井:イギリスは2隻の空母を持っていて、そのうち1隻はほとんど動いていない状態です。

林:そうですね。空母を実戦で使うためには少なくとも実戦用と訓練用、整備用の3隻が必要になるとされていて、1隻だけではあまり役に立たないと言われています。中国は空母6隻を造ろうとしていますが、この先、この計画によって軍事予算にかなりの額を注ぎ込むことになるのは間違いないでしょう。

藤井:そうですね。

林:さらに習近平には軍事予算を減らせない事情があります。彼は政権発足時から反腐敗運動を展開してきました。その当時の軍はいろんな商売に手を染めていて、それはある意味で自給自足という側面もありましたが、習近平の反腐敗運動によって大っぴらに商売できなくなったことから軍の資金が足りなくなったわけです。

藤井:軍は基地内においてキャバレーを運営するなど、いろいろな商売に手を染めていましたよね。

林:軍は売春宿も経営していて、軍経営の売春宿はかなり繁盛していました。

藤井:警察が絶対に踏み込まないから、みんなが安心して遊べるということで人気だったわけですよね。

林:そうです。警察は軍の施設だけは絶対に入ってきません。そういう事情もあって、軍はレストランやキャバレー、カジノなど、あらゆる商売に手を突っ込んでいました。

藤井:有名なマオタイ酒も軍の利権で売買されているという話を聞きました。

林:そうです。要するに軍にやれないことはないと言っていい。それは軍幹部だけではなく、末端の軍人だって軍用のナンバープレートを貸すなどの裏ビジネスをやっていました。

藤井:車のナンバープレートを貸すんですか。

林:そうです。軍用のナンバープレートを付けている車は絶対に警察に取り締まられないからです。

藤井:どこに駐車しようが、スピードオーバーしようが、警察に捕まらないということですか。

林:はい。さらに高速道路の料金すら払わなくていい。要するに軍はどんな商売だって可能だったわけです。

藤井:なるほど。軍人になれば、末端には末端なりの利権があったということですね。

林:そうです。だから軍が手を出していない分野はないと言いきっていいのではないでしょうか。

藤井:なるほど。

林:習近平政権以前であれば、たとえ軍事予算が増額されなかったとしても、軍はこんなにおいしい職業はないということで満足していたでしょう。ところが習近平が反腐敗運動を始めたことで軍は大っぴらに商売できなくなり、その分を軍事予算で埋め合わせする必要がありました。要するに軍を抑えなければならなかった習近平は、軍に潤沢な予算を配分することで忠誠心を買ったということになります。それで経済成長率3%のところ、その倍の予算を使わなければならないことになった。そんなことをすれば、財政は赤字になるに決まっているじゃないですか。

藤井:そうですよね。

林:税収が以前ほど伸びていないのに、支出の部分の伸び率を倍にすれば、国家の財政赤字がどんどん膨らんでいくのは当然でしょう。これが、主に資金を枯渇させる原因の一つになっています。

藤井:なるほど。

林:それから習近平は過去3年間、ゼロコロナ対策を徹底してきました。地方政府の支出は2022年だけでも516億ドルになっていて、日本円に換算すると7兆円がゼロコロナ対策に注ぎ込まれたことになります。

藤井:地方政府だけで7兆円ですか。

林:はい。この数字については2023年2月15日のボイス・オブ・アメリカの記事に詳細が書かれていましたが、ボイス・オブ・アメリカは各省の年度予算のデータを根拠に516億ドルという数字を弾き出していました。さらにブルームバーグの2023年4月3日の記事では、予算外の債務も含め、地方政府の債務残高の累積が23兆ドルに上ったと報道されています。23兆人民元という金額は、中国の年間GDPの126%に相当する額で、とっくに破産していてもおかしくない数字だと言っていいでしょう。

藤井:はい。

林:地方政府がこれだけの債務を抱えているとすれば、治安維持などの行政サービスが行き届かなくなる可能性もあり、将来的に地方が極めて不安定な状態に陥ってしまうかもしれないと率直に感じました。このような債務急増はゼロコロナ対策が原因です。地方政府は過去3年間、PCR検査や強制ロックダウン、さらに物資の配給に至るまで地方政府の負担で実施してきました。その結果が財政の急激な悪化です。

藤井:なるほど。それから資金を枯渇させた三つ目の要因として、無駄なインフラ投資という話がありました。

林:これに関しては、例を一つだけ挙げておきましょう。いわゆる雄安新区(ゆうあんしんく)という国家プロジェクトです。

藤井:林さんも以前から雄安新区については話されていましたよね。

林:雄安新区は北京から100キロぐらい離れたところにあって、これは習近平が主導する千年大計として河北省に設置された国家級新区になります。1000年の大計画ということです。

藤井:国家千年の計ということですね。

林:はい。僕からすれば、1000年の悪夢と言っていいでしょう。

藤井:わははは。そこに首都を移転するという話ではなかったんですか。

林:首都機能は北京に置いたまま、非首都機能を雄安新区に移転するという計画です。

藤井:首都機能以外の都市機能を北京から雄安新区に移転させるということですか。

林:はい。

藤井:新たな首都を設置した例にはブラジルのブラジリアとオーストラリアのキャンベラがありますが、習近平の雄安新区はそれとは逆の発想ですよね。

林:逆です。政府が移転すれば自然と国会と政府機関も移転せざるを得ないわけですが、政府を北京に置いたまま、非首都機能だけを移転させるのは非現実的だと思います。経済や教育や文化や娯楽というような非首都機能は自然発生的なものであって、こういうものに関しては移転を強制することはできないでしょう。都市というのは、鉄道や港湾や空港などの交通の便が良く、もともとの産業があって、自然と人が集まってきた結果、そこにサービス業が生まれ、一つの経済圏ができていくという流れになるかと思います。ところが習近平は何もないところに急に雄安新区を設置すると決めました。彼はただ単に深圳を開発した鄧小平、上海の浦東新区を開発した江沢民の業績を越えるために真似したかっただけではないかと私は考えています。

藤井:深圳はすぐ傍に資本主義の発展のモデルのような香港があったからこそ、栄えました。浦東新区も開発によって大成功した地域ですよね。

林:はい。雄安新区は深圳や上海浦東新区とは条件がまったく違います。なぜ浦東地域の開発が成功したかというと、それは上海と隣接しているからです。上海の人口が多くなりすぎて、土地が足りなくなって、隣接する浦東で新たに大規模な開発が行なわれたということです。実は台湾の台北にしても、僕の故郷である台中にしても、もともと田園風景が広がっていましたが、同じような経緯で発展してきました。要するに新都心ということで、これらの都市は栄えたわけです。

藤井:なるほど。

林:しかしながら雄安新区という地域には主だった産業もなく、交通の要衝というわけでもなく、もともと何もなかったところです。しかも低地で、洪水が起きやすい。さらに水質汚染もひどい状態で、悪条件が重なった地域と言っていいでしょう。ただ単に習近平は「俺は何もないところに大都市を作った」と言いたいだけ、自慢したいだけだと思います。2017年4月に設置することが決定された雄安新区は2035年まで開発することが計画されていて、最終的には東京都と同じぐらいの広さの2000平方キロメートルが開発されることになっています。

藤井:おー。

林:雄安新区の投資には総額30兆人民元が見込まれていて、6年間で8000億人民元が注ぎ込まれました。確かにビルがたくさん建設されたほか、北京駅の6倍の広さを持つ雄安駅が新設され、北京と雄安新区間の高速鉄道も開通しました。また国有企業ほか、大学や研究機関が強制的に移転させられましたものの、北京の非首都機能の移転はまったく実現できていません。誰もがそういうところには行きたがらないでしょう。

藤井:それにしても、雄安駅はバカデカい駅ですね。

林:雄安駅はアジア最大の駅で、サッカー場66面の広さに相当します。ところがアジア最大の駅に停車する電車は北京と雄安新区を往復する1日1本だけ。

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