農村と農業を潰す

台湾

藤井:それでは第3セクションのCでは『農村と農業を潰す』というテーマで、お話しを進めていきたいと思います。IT産業やハイテク産業など工業部門が集積する都市部が経済の一つの柱であることは間違いないにせよ、一方の農村部も非常に重要な社会基盤であって、食料供給に関わっているという点では農村が安定しないことには社会全体の安定には繋がらないと私自身は考えています。習近平政権は、農村と農業をどのような政策によって破壊してきたのでしょうか。そこら辺を解説していただけますか。

林:藤井さんがおっしゃったように、農村と農業というのは一つの社会安定装置ではないかと思います。これはすべての国に言えることですが、発展途上国でさえGDPに占める農業の割合は少ないものの、たとえ割合が少なかろうが、あらゆる国で農村は心の拠り所であり、心の故郷だと考えられています。だから農業はGDPだけでは計り知れない存在だと言っていいのではないでしょうか。これは、中国にとっては殊に大切です。中国人は農村という言葉に権力の届かないところというイメージを持っていて、歴史的にも歴代王朝は農村に対して緩やかな統制しか敷いていなかったという背景があると思っています。本格的に農村に手を突っ込んだのは、共産党の毛沢東が最初でしょう。ところが毛沢東の後を継いだ鄧小平は、農村に関して基本的には自由放任に近いような形で考えていたと思います。例えば中国の土地所有制度に関してですが、都市部の土地はすべて国の所有である一方、農村部の土地は集団所有という形になっていて、村全体でここの土地を所有するという形式が取られています。

藤井:なるほど。

林:主に農村を中心に起きたことですが、毛沢東時代には雀撲殺運動というのが奨励されました。我々の想像を遥かに超えていて、中国共産党も毛沢東もやはりクレイジーだと思います。大躍進政策だとか、人民公社だとか、文化大革命だとか、我々にも聞き馴染みのある言葉を残してきた毛沢東ですが、さすがに雀撲殺運動は日本人にはあまり知られていないのではないでしょうか。突然、毛沢東が「スズメは有害動物だ」と言って、この奇妙な運動は始まりました。なぜスズメが有害かというと、みんながそこら辺に落とした米粒や麦を食べているからです。時は食糧難の時代ですから、毛沢東は「これじゃあ、我々の貴重な食料がスズメに食べられてしまう」と言ったわけです。これは実にバカげた発想ですが、1958年からスタートして1年のうちに21億羽のスズメが殺されたと記録に残っています。爆竹を鳴らし、銅鑼を打ち鳴らして、スズメを木に留まれないように騒音を響かせ、スズメが力尽きて落ちてくるまで飛ばし続けるという方法で殺しました。それが、中国全土で行なわれたわけです。そういう光景を想像するだけでもゾッとします。

藤井:スズメは渡り鳥じゃないから、長いあいだ飛んでいられないみたいですね。

林:はい。この方法によって21億羽のスズメが数か月のあいだに殺されてしまいました。その結果として何が起きたかというと、大飢饉です。スズメという天敵がいなくなったことで虫が大量に増え、その虫が木の葉っぱを食べて中国全土の樹々から葉っぱが消えました。さらにはイナゴが増えました。イナゴが大群でやってきたら、お米であろうが、麦であろうが、トウモロコシであろうが、すべての農作物が食い尽くされ、後にはそこに何も残らない。毛沢東が思いつきで始めた食料増産計画は本人の思いとは裏腹に大飢饉を招いてしまいました。そのとき中国科学院の科学者と農業専門家2000名は全員が「毛沢東同志がやられていることは科学的に正しい」と言いきったわけです。

藤井:なるほど。

林:こんなことは誰だって簡単に分かることです。一つの生態系が形作られているなかで1種類の生物を絶滅に追いやれば、今度はその生態系全体が狂ってしまうに決まっているじゃないですか。しかも希少動物なら影響はそれほど大きくないかもしれませんが、スズメはどこにでもいるような鳥で希少動物ではない。そういう鳥を短期間のうちに全滅させてしまえば、どのぐらい生態系や環境に影響を与えるのかは高校生ぐらいの知識さえあれば理解できると思います。しかし中国人はトップの独裁者に「やれ」と言われると、すべての科学者が「学術的に考えると雀が悪い。国のために殺さなければいけない」というような根拠を捻り出すわけです。こういうことが毛沢東時代には農業政策の一つとして中国全土で実施されました。

藤井:はい。

林:毛沢東は少なくとも習近平にとっては精神的な父親みたいな存在だろうと思います。習近平はできるだけ毛沢東を真似しようとします。なぜかというと、毛沢東が国をよく治めたからではなく、死ぬまで権力をずっと握り続けていたからです。だからこそ、習近平は農村部で毛沢東と似たような政策を実施しました。これは食糧増産のために雀を殺した毛沢東と発想はまったく同じです。

藤井:雀撲殺運動は単なる思いつきというか、独裁者の気まぐれですよね。

林:ええ。これは日本ではあまり紹介されていないのではないかと思います。

藤井:私は雀撲滅運動までは聞いたことがありました。銅鑼なんかをガンガン打ち鳴らして、スズメは長いあいだ飛んでいられないから落ちてしまうということは知っていましたが、理由が食料不足と結びついていたということは初めて知りました。

林:毛沢東は食料不足を解消するために雀撲滅運動をやったわけです。

藤井:食料増産どころか、結果的には大飢饉を招いたわけですよね。

林:そうです。中国人は木を伐採しても基本的に植林しないため、山はどんどん禿山になっていって、中国の環境破壊はひどい状態になっていきました。雨が降れば土石流が起き、雨が降らなければ干ばつに悩まされます。今でも起きていますが、以前はもっとひどかったと言ってもいい。1999年には朱鎔基首相が「開発し過ぎるのはダメだ」ということで、退耕還林(たいこうかんりん)という政策を始めました。要するに山を切り拓いて耕地にしてきたところの開発をやめ、今度は植林しようというわけです。森に戻そうという発想です。その政策を1999年に始めて、それから24年経った今、中国にようやく森が戻ってきました。ところが習近平は「これから食料不足になるから、森を伐採して田んぼに戻そう」と言い出し、2023年から退林還耕(たいりんかんこう)という政策を始めたわけです。

藤井:朱鎔基のまったく逆をやったということですか。

林:そうです。これは毛沢東の目的と似ていますが、習近平は隠糧保供(おんりょうほきょう)という政策を実行に移しました。これは食料の安定供給をいじることを意味していて、森林をすべて伐採して田んぼに戻そうということです。ところが、この政策が結果的に各地で土石流を頻発させてしまいました。

藤井:はい。

林:山から木が消え、実際に江西省では土石流が頻繁に発生することになりました。江西省ではまずは山の木を伐採して、そこに段々畑を作っていきました。何百年、何千年の時を経て、自然と出来上がった段々畑なら問題ないと思いますが、急ごしらえの段々畑では雨の後に頻繁に土石流が発生して、全壊することが相次ぎ、せっかくのお米が全部ダメになってしまったわけです。習近平の退林還耕という政策は、土地を破壊することに繋がりました。さらに森を伐採すると、山は水を保持できなくなりました。木というのは、山のなかで多くの水を保存できるような機能を果たしています。その木が消えたために、雨が降ると地域に水害と洪水を引き起こし、雨が降らなければ干ばつに悩まされたわけです。習近平のこの政策は結局、失敗だったと言っていいでしょう。

藤井:なるほど。

林:習近平はこれ以外にも、農村に農業警察を導入しました。

藤井:えっ。農業警察とはどういう組織ですか。

林:農業警察の正式名称は農業総合行政執法です。この政策ではこれからの食料不足に備え、野菜や果物などの経済作物を作ってはいけないということが徹底され、主食であるお米や麦やトウモロコシの栽培が奨励されました。

藤井:主食しか作ってはいけないと指導されたわけですか。

林:そうです。それ以外の作物を勝手に作ることは禁止されました。そこで農業警察は村に入っていって、もし木を見つけたら木を切り、勝手に果物を作っていたら潰すということをやりました。バナナが育てられていたら、ブルドーザーでやってきて踏み潰してしまいました。もっとひどいのは、農村にふさわしくない洋式の建物が建っていると、勝手に潰れさるということも起きたようです。

藤井:私自身はチャイナの田舎を実際に訪れたことはないものの、チャイナの田舎を取材したテレビ番組なんかをたまに見ると、たまたま儲かった人がすごい家を建ててしまったという感じだとは思いますが、田舎なのに西洋風のお城が建っていることがあります。習近平からすれば「そういうのは、けしからん」ということになるわけですか。

林:はい。ああいう瀟洒な建物は農業警察によって勝手に取り壊されてしまいます。他にも景観に良くないということで、自分の庭に洗濯物を干すことさえ禁止されました。これは都市部の街中ではなく、田舎の農村の話ですよ。習近平からすれば、農村も庭園のようにきれいにしなければならないということです。

藤井:なるほど。

林:さらに中国では農作業する際に免許が必要になりました。

藤井:えっ。農作業するのに免許が必要だったんですか。

林:もちろん今まで必要なかったわけです。だって農民が百姓するのに免許が必要なんて、おかしいじゃないですか。ところが習近平政権は農民たちに免許取得を要求しました。

藤井:へー。

林:トラクターと田植え機に乗るためには、それぞれの免許が必要です。免許がなければ、もちろん農作業することはできません。先ほど説明した農業総合行政執法が免許を発行していて、農民たちは農業警察に賄賂を渡して免許を取得するか、農業警察が運営する教習所で勉強して試験に受からなければならないということになりました。何十年も農業をやってきた百姓が突然、農業警察から「免許を持っていない人は農業をやってはいけない」と指導され、それで試験を受けると、ずっと農業に携わってきた人たちが次々に不合格になったわけです。

藤井:へー。

林:これだけを見ても分かるように、習近平政権は農村を破壊する政策を推進してきました。僕が信じられないのは、彼がこのような政策で食料の安定供給が実現できると考えていることです。

藤井:はい。

林:もう一つの例を挙げておきましょう。今年3月頃の記事になりますが、中国東北部の黒竜江省で農民185名が農業総合行政執法によって逮捕されるという事件が報じられました。黒竜江省は貧しい地域で、産業らしい産業はほとんどなく、メインの産業は農業です。そういった地域では農民たちが土壌を良くするために藁を燃やして野焼きをしていたわけですが、習近平政権は野焼きが環境破壊に繋がるということで禁止して、逮捕してしまいました。

藤井:おー。

林: 逮捕された農民185名に1億7800万人民元の罰金が科されました。1人当たり96.3万人民元で、日本円に換算すると1877万円になります。黒竜江省は本当に貧しいところです。彼らは全財産をかき集めても1800万円を工面することはできないでしょう。

藤井:そうですよね。

林:習近平は、農村政策において農業警察に絶大な権限を与えています。農業警察は銃だけ所持していないものの、基本的な装備は機動隊と一緒で、警棒を持ち、装甲車に乗って農村に大挙してきます。農民からすれば、農業警察はまさに略奪者たちと言っていいでしょう。

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