戦争は近づいているのか

台湾

藤井:こんにちは。藤井厳喜です。本日は4月23日の日曜日。今日も林建良さんと一緒に台湾ボイスをお送りいたします。林さん、よろしくお願いします。

林:よろしくお願いします。

藤井:今日は林さんから『戦争か平和か。台湾を巡る世界の動き』というテーマを頂きました。いよいよ戦争のにおいがプンプンしてきたような気がします。日本にも関係していることは誰の目にも一目瞭然で、このあいだは陸上自衛隊のヘリコプターが落ちました。もちろん表立った情報は出ていません。これに関してもチャイナの影響があるのではないかとみんなが勘ぐっています。なぜなら時を同じくして台湾海峡が非常に緊張していたことも確かだからです。そういうことも踏まえ、お話しいただきたいと思います。今日も四つのセクションに分けて話を進めていきますが、林さんにはAセクションで『戦争は近づいているのか』という主題について語っていただきます。ずばり、このテーマで解説をお願いしてもいいですか。

林:はい。戦争が近づいているのかどうかということですが、例えば中国の動きを見ただけでも、過去20年において軍事予算を2ケタ成長で伸ばしてきたことに加え、今年の全人代でもGDP成長率の目標値が5%なのに軍事予算を7.2%増額していることから見ても、中国は着々と戦争の準備をしていると言ってもいいのではないでしょうか。しかも世界1の海洋覇権国という意味においても、軍艦の数だけでいえば、世界トップの海軍力を持つアメリカを中国はとっくに抜いてしまっています。このように中国の軍備の状況だけを見ると、中国は間違いなく戦争の準備をしていると考えていいのではないかと思います。中国に攻め込もうとする国は基本的には存在しません。だから自分たちの国土防衛のためだったら、これほどの軍備増強は要らないはずです。もう戦争が近づいてきていると判断せざるを得ないというのが僕の考えです。

藤井:はい。

林:しかしながら戦争が近づいているかどうかというのは、実は相対的概念です。つまり戦争を仕掛ける側がいろいろ準備していて、それと同時に守る側も同様に準備するということであれば、戦争は決してすぐに起こるわけではないということです。例えば泥棒は何かを盗もうと思っていて、常に家の扉を破って中に入ろうとしていますが、泥棒する日も、しない日もあります。ある意味で、中国も常に戦争を仕掛けようとしています。ところが家はセキュリティが強化されていて、扉の鍵を何重にもするとか、防犯用の窓ガラスに変わったとか、泥棒が盗みたくても盗めないような状態になっています。そうなると、やっぱり盗むという行動に実際に出るのは遠ざかってくるわけですよね。それと同じように、中国は準備しています。これは事実です。そして戦争を仕掛けようとしていることも事実です。さらにその第1目標が台湾という国だということも、また事実なんです。10年前だったら、中国が台湾に戦争を仕掛けるなんていうことは、おそらく世界中のほとんどの国は信じなかったのではないでしょう。西側陣営のマスコミはいずれも「実際にやれるわけがないだろう」と一蹴するだけです。日本のマスコミは特にそういう論調だったと思います。もしくは「たとえ中国にそういう意図があっても、そんな能力がない」という説のほうが大勢だったかもしれません。これは別に評論家だけではなく、軍事専門家のあいだでもそのような見方が主流を占めていたと思いました。ところが今回その相対的概念がどう変わったのかというと、世界の警戒感が強まったというのが変わった点ではないかと考えています。中国と台湾の2国間関係だけで見る場合、この戦争は間違いなく近づいてきています。なぜなら中国は台湾とは比べられないほどのペースで軍備増強を進めているからです。そして中国の軍と台湾軍の実力は歴然としています。

藤井:はい。

林:80年代まで台湾海峡の制空権は台湾側が握っていました。中国には制空権はまったくなかったわけです。台湾海峡の中間線をデヴィス・ラインともいって、中国を抑えるというよりも、当時は台湾のほうが空軍力で断然上で、台湾側が向こうに行かないようにする、台湾が中国を挑発しないようにするという意味合いのほうが強かったかもしれません。そんな時代もありましたが、今は逆転してしまいました。だから、このような状況を考える場合、台湾のみで考えるのではなく、アメリカも含めて考えなければならない。またアメリカと台湾だけではなく、日米同盟、米韓同盟、アメリカとフィリピンの同盟、さらにはオーストラリアも含めて考えるべきです。その場合に攻める側と守る側の実力はどうかというと、攻める側だけがどんどん成長していて、守る側がずっと成長しないままかといえば、それはそうでもないことが分かると思います。そして戦争はどういうタイミングで起きるのか。攻める側が意図と能力を両方とも備えているうえに格段に力を持っていて、即戦即決できるような状態であれば、最も戦争が起こりやすいタイミングだと言えるでしょう。

藤井:はい。

林:もう一つは、周りがみんな警戒しないとき。自警団も結成しない、巡回も来ないという地域であれば、1軒家はやられやすいわけです。しかし町内会が「泥棒が入ってくるよ」と呼びかけて、町の全員が警戒するようになれば、泥棒もちょっと手を出せなくなるのではないでしょうか。

藤井:なるほど。

林:だから今現在においては中国だけの状況を見れば確かに戦争は近づいてきています。2022年2月24日から、この状況がはっきりと変わりました。ウクライナ戦争が起きたからです。ウクライナ戦争によって、先進国でも、あるいはちゃんとした主権国家でも、あるいは民主国家でも、実際に大規模な戦争があり得るかもしれないということが認識されました。今までの戦争というのは、どちらかといえば戦争というレベルまで至らないぐらいの地域紛争だったと考えていいでしょう。例えばアフタにスタンとか、今のスーダンというのは地域内のちょっとした内戦状態だと言っていいかもしれません。第2次大戦以降はこういう大国を巻き込んだ戦争というのは起きないと安心しきっていたのが、世界の人たちの実際のところだったかと思います。そういう安心が広がっているときこそ、台湾は最も危ないと思います。なぜなら台湾だけが「戦争になるかもしれない。俺を守ってくれ。武器を売ってくれ」といくら言ったところで、多くの人は「いやいやいや、そんな大それたことはあり得ないじゃないか。今だって我々は中国と商売をやっています。台湾も商売やっているじゃないですか。お互いに商売やっている国どうしで戦争が起こるはずがない」と一蹴するからです。さらにリベラルは「経済交流をどんどんやれば、中国は裕福になっていって、いずれ民主国家になります。そうなったら戦争なんか起こらないに決まっているじゃないか」と言っていました。ところが現実は彼らの主張とは真逆の方向に進んでいきました。中国は経済成長が進めば進むほど、武器の性能が向上し、軍備がさらに増強されてきたわけです。それで最近になってから中国の危険性がようやく認識され始めてきて、特に2018年のトランプ政権のときに貿易戦争に関連する形で、安全保障面に関しての注目度も一気に高まったということがありました。

藤井:はい。

林:それから僕はウクライナ戦争を見て、守る側が警戒すればするほど、戦争は起こらないのではないかと思いました。この部分だけで結論と言うと、戦争は近づいてもいなければ、遠のいたというわけでもない。戦争のリスクは最初から今に至るまで、そこにずっとあり続けてきたわけです。

藤井:そこにずっとあるわけですよね。

林:そのリスクはいささかも減ってはいない。ところが、つい最近まで戦争の可能性がもう遠のいたとみんなが解釈していたわけです。みんながそのように解釈したときに戦争の可能性は高まります。一方、みんながそのように解釈せず、みんなで警戒感を強めれば強めるほど戦争の可能性は低くなるということだと思います。

藤井:ここに林さんのメモがあります。武力侵攻は1949年以来の固定路線だという話がありますけど。

林:そうですね。

藤井:チャイナの台湾侵略の可能性は時代によって上がったり下がったりしてきたけど、ある意味で潜在的な戦争状態にずっと置かれているということは事実ですよね。

林:中国側から見れば、今まさに戦争状態だと思います。1949年に何が起きたのか、紐解きましょう。1949年10月1日に中華人民共和国が建国されると、共産党に負けた国民党政権が台湾に逃げてきました。すぐ直後に古寧頭戦役(こねいとうせんえき)が起こります。古寧頭戦役とは何かというと、金門島の上陸戦です。金門島は中国の目と鼻の先で、中国からわずか数キロの距離に浮かんでいます。2キロから3キロとはいえ、海は海ですから上陸作戦になります。この戦役はたったの3日間で終え、蒋介石の国民党軍に軍配が上がりました。国民党軍は1回目の上陸戦に9000名、2回目に1万人を投入しています。死傷者数については中国側の発表と台湾側の発表で食い違っていますので正確な数は分からないんですが、一説によると国民党軍は3800名ぐらいの死者を出したのではないかとも言われています。最終的な指揮は蒋介石の中華民国ですが、これに協力していたのが旧日本陸軍の根本博中将だったと言われています。それによって、中国共産党はこの戦いに負けたわけですね。それから時を経て、1958年8月23日から1958年10月5日までの1か月半のあいだに再び金門砲撃戦が勃発しました。これも何十万発もの砲撃戦です。1か月半ぐらいやって、10月5日に突然やめることになったわけです。その後は1日おきの砲撃になりました。向こうは月水金、こっちは火木土というわけです。実をいうと、その砲撃は米中国交樹立の1979年1月1日まで続けられました。

藤井:あー。

林:つまり21年間も砲撃を続いていたわけです。

藤井:21年間も続いていたんですか。

林:そうです。

藤井:なるほど。

林:これは実際にお互いに砲撃していました。

藤井:大砲を撃ち合っていたんですか。

林:はい。しかしその後、台湾は李登輝政権になります。1回目の李登輝の憲法改正が1991年に行なわれます。実は1948年から1991年まで動員戡乱臨時条款(どういんかんらんりんじじょうかん)というものが存在していました。戡乱というのは内戦状態というような意味で、反乱軍を平定するというような意味もあろうかと思います。

藤井:なるほど。

林:台湾は1948年から臨時条款によって憲法が凍結され、臨時条款が憲法の上に乗っかっているような状態でした。李登輝は1991年に臨時条款を廃止すると同時に、中華人民共和国の中国大陸での統治権を認めました。要するに台湾の中華民国側からすれば、内戦状態は1991年に終わったという解釈です。一方、中国側にしてみれば、内戦状態は終わっていないということなんです。中華人民共和国は1982年に今の憲法を創っていて、その1982年の憲法のなかに台湾は中華人民共和国の不可分の領土であるということがちゃんと明記されています。そういう背景もあって、中国側は是が非でも台湾を手中に収めなければならないと考えているのではないでしょうか。憲法に謳われているわけですからね。一方、台湾側は中華人民共和国の大陸での統治権を認めたあげたうえで、中華民国の統治権はこれまでと同じように澎湖諸島(ほうこしょとう)、金門島、媽祖島(まそとう)までに限定した。これが李登輝時代の経緯です。それでも台湾側だけが「内戦状態はもうない。俺はもう戦争が終結したんだ」と言ったところで、当事者のもう一方はそれを認めていない。台湾と中国のあいだで戦争が遠のいたのかといえば、そんなことはまったくなく、今まさに戦争状態だということです。

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