藤井:こんにちは。藤井厳喜です。今日も台湾ボイスを林建良さんと一緒に、元気にやっていきたいと思います。林さん、よろしくお願いします。
林:よろしくお願いします。
藤井:さて、今日のテーマは当然ながら気球問題です。米中対決を加速させた気球事件ということで、これを総合的に詳しく分析していきたいと考えています。林さん、よろしくお願いします。
林:よろしくお願いします。
藤井:いつも通り、ABCDの四つのセクションに分けて話を進めていきたいと思います。最初のテーマは『アメリカ国民を覚醒させたスパイ気球』です。スパイ気球がアメリカ大陸をほぼ横断してしまいました。アメリカの世論には「我が国の防空体制は大丈夫なのか。バイデン政権はどうなっているんだ」、あるいは「空軍よ、しっかりしてくれ」というような声が上がっています。ところが日本にはまったく伝わっていません。今回のスパイ気球に関しては、アメリカ人がこれまでにないほど怒っているぞということが大事なポイントではないかと私自身は思っています。林さん、いかがでしょうか。
林:今回のスパイ気球事件は歴史に刻まれる大事件になると予想しています。なぜかというと、アメリカではこの事件が「もう一つのスプートニク・モーメント」と表現されているからです。スプートニク・モーメントという言葉は、ご承知のように1957年にソ連がアメリカに先んじて人工衛星スプートニクを打ち上げたことに由来しています。そのときにアメリカは「これでは大変だ」ということで、ソ連と競争できるような人工衛星の開発を急ぎました。そしてアメリカは2021年、再びスプートニク・モーメントという表現を使っています。誰が言ったかというと、当時のアメリカ軍のトップであるマーク・ミリー統合参謀本部議長です。このときは中国が極超音速ミサイルをアメリカに先駆けて開発したことに危機感を覚え、スプートニク・モーメントという言葉が使われました。そして今回はおそらく3回目のスプートニク・モーメントになるでしょう。
藤井:当時の日本では一般的にスプートニク・ショック、スプートニク衝撃という呼び方で広まりました。当時はアメリカ人自身が「アメリカこそが世界ナンバーワンの科学技術の国だ」と自負していたのに、ソ連に出し抜かれたということで世界に衝撃が走ったわけです。後から考えてみれば、ソ連の宇宙技術というのはナチスドイツの技術を盗用していたということがあって、結果的にソ連が世界初の人工衛星を宇宙空間に飛ばしてしまった。それから有人宇宙飛行でもソ連が先行していて、宇宙開発においてはソ連に先手を取られていたということは事実だったと思います。そこからアメリカが必死になり、ケネディ大統領が構想したアポロ計画で月面着陸というところまで巻き返したという経緯がありました。それでも当初はアメリカ人がソ連に出し抜かれたことに驚いて、アメリカは総力戦でやらなければならないというような機運の盛り上がりがあった。その契機となったのがスプートニク・ショックだったと思います。
林:そうです。今回のスパイ気球は、まさにアメリカの国民レベルでのショックだったと言えるのではないでしょうか。例えば2001年には海南島付近でアメリカの偵察機と中国の戦闘機が接触し緊急着陸するという事件が起きました。そのときのアメリカでは政界や中国研究者などの一部関係者にはインパクトを与えたものの、一般国民レベルで「中国と衝突するかもしれない。戦争が起きるかもしれない」というようなところまでは発展しなかったと言えるでしょう。例えば天気予報でこれから台風が来るという報道があったとします。観測している人たちは1週間後に巨大な台風が来るということで実際に脅威を感じているでしょう。先ほどの海南島の話でいえば、アメリカの中国ウォッチャーやエリート層に当たります。彼らはアメリカと中国がこれから衝突するかもしれないと実際に知り得る立場にあったからこそ、ショックを受けていた。しかしながら、彼らは一部の人たちです。そしてトランプ政権以降、特に2018年3月からの貿易戦争が始まると、米中対決の傾向はだんだんと明確になっていきました。ところが、この時点においても一般の国民レベルではそんな実感はなかったと思います。台風が来ると言われたところで、国民レベルでは「今は天気がいい。雨も、風もまったくないじゃないか。本当に台風が来るのかよ」と思ったことでしょう。要するに庶民の皮膚感覚としては切迫したものをまったく感じていなかったということです。でも今回の場合は違っていたということです。だって犬の散歩をしていた人たちが空を見上げると、そこに気球が飛んでいたわけですから。
藤井:見えちゃたわけですよね。
林:気球は見えるんですよ。
藤井:子どもが空を見上げたときに、気球を目視できてしまった。
林:アメリカでは小学生から大人まで話題は気球で持ちきりです。しかも気球はアメリカ上空を1週間にわたって悠々と横断していきました。最初に発見されたのが1月28日。アメリカ人がアラスカで気球を撮影しています。そして2月1日にその写真が主要マスコミで一斉に流れましたが、この時点までバイデン政権は隠蔽しようとしていたのではないかと僕は考えています。
藤井:なるほど。
林:バイデン政権は2月2日に明らかにしました。しかも公開したのは国防総省です。公開後、当然ながらアメリカは国中が大騒ぎになりました。その時点で気球はモンタナ州の上空を飛んでいて、みんなが「撃ち落とせ」と言っているにもかかわらず、気球は悠然とアメリカを横断していき、大西洋側のサウスカロライナで最終的に撃ち落とされています。その気球がアメリカ上空を飛んでいるあいだ、一般の人たちのあいだでも「なぜ中国のスパイ気球が我が国の上空を飛んでいるのか」という議論が延々と繰り返されました。だって、スパイ気球ですよ。そんな状況では誰だって関心を持たざるを得ないでしょう。
藤井:はい。
林:スパイ気球がアメリカの軍事施設の上空を飛んでいたということが何を意味するのか。これは戦争するためのものであって、ただの覗き趣味や好奇心ではない。偵察に来たということは明らかです。偵察する目的は何なのか。もちろんそこで得た情報を使って、いずれ起きるかもしれない戦争に備えるということ以外には考えられないでしょう。
藤井:はい。
林:アメリカ人には本土をやられた2回の記憶が刻み込まれています。一つが、これは本土とは言えないかもしれませんが、ハワイの真珠湾。もう一つが2001年に起きた9.11です。9.11から数年が経った頃、僕はたまたま講演でニューヨークを訪れる機会がありました。その際にニューヨーク州やニュージャージー州の郊外を回ってみて、一般の人たちの家のほとんどにアメリカ国旗が掲げられているのを見たわけです。
藤井:はい。
林:これは「9.11を決して忘れないぞ」という強い意思表示です。事件から数年が経っているんですよ。9.11の衝撃はそれほど大きかったと言えると思います。その衝撃の大きさの根拠が何だったかというと、9.11事件で何人が死んだということではなく、アメリカ本土が攻撃を受けたということです。アメリカ人は、戦争というのは他の国でやるものだと考えています。第2次世界大戦でさえ攻撃を受けたのはハワイだけであって、それ以外のアメリカ本土は無傷のまま終わりました。だからこそ、今回の気球事件で戦争に使用されるスパイ気球がアメリカ本土までやってきたということに大きな衝撃を受けています。これはアメリカ人以外にはちょっと理解できないかもしれませんが、アメリカ人からすれば「こんなにも大胆に我が家まで土足で乗り込んできたのか」という感覚なのではないでしょうか。
藤井:はい。
林:今までは一部のエリートだけが中国脅威論を唱えていました。ところが、いくら叫んだところで一般庶民は何も感じていなかったというのが実際のところでしょう。彼らが関心を持っているのはガソリンの価格。そして野球チームはどこが優勝したのか、アメリカンフットボールはどのチームが勝利したのかということです。
藤井:最近では卵の値段が値上がりしたことが話題になっていました。
林:そうですね。わははは。
藤井:庶民は、そういう身近なことには関心があります。
林:一方、一般庶民は戦争や中国との戦いにはまったく関心がなかったと言っていいでしょう。しかし今回の気球事件が起きたことによって、庶民までもが中国脅威論に関心を持つようになりました。アメリカ国民が中国を怖いと感じているわけですから、アメリカの政治家は民主党であろうが共和党であろうが、その声に応えなければならなくなると思います。そしてアメリカの有名な調査会社ラスムセンが2月9日に発表したラスムセン・レポートにそれが如実に表れています。
藤井:ラスムセンは有名な調査会社ですね。
林:気球が撃ち落とされた直後の2月5日から2月7日までの3日間に世論調査が行なわれています。そして2月9日に結果が発表されました。その調査によると、アメリカ国民の半数に近い48%が中国を敵だと思っていることが示されました。敵という表現ですが、enemy(エネミー)という言葉を使っています。これは競争相手ではなく、ライバルという意味でもない。アメリカ人はエネミーが存在するのを絶対に許せない人たちです。つまり消滅させなければならない存在だということです。
藤井:そうですね。
林:実はラスムセンは昨年11月にも同じ調査をやっていて、そのときは中国をエネミーだと考えている人の割合が41%でした。決して低くはないと思いますが、それでも3か月のうちに7ポイントも上がっているのは驚きです。さらに共和党支持者に限れば、なんと66%が中国をエネミーだと考えていることが分かりました。そして5年以内に中国と戦争すると考えている人たちは共和党支持者で58%、民主党支持者で44%もいるということが調査結果から明らかになっています。ラスムセン・レポートは気球事件の影響が物凄く大きかったことを示している調査結果だったと思います。今回の気球事件がアメリカ人の中国に対する敵対意識が物凄く強めたことは間違いないでしょう。しかも政治家や評論家レベルではなく、一般国民がそのように考えているということが大切なポイントです。
藤井:一般国民レベルでチャイナに対する敵対心が物凄く強くなったということですか。
林:そうです。アメリカ人の愛国心は強烈です。日本人の想像を絶するものがあると言っていいでしょう。日本にしても、中国にしても、どの国であっても、アメリカ人の愛国心をできるだけ刺激しないほうがいい。例えば1970年代や80年代の高度成長期の日本企業はアメリカのシンボリックなビルを買いましたが、アメリカ人の愛国心をかなり刺激した例だと言えるのではないでしょうか。
藤井:三菱地所がロックフェラーセンタービルを買いましたよね。
林:ええ。アメリカはその後、貿易戦争という報復を日本に仕掛けました。
藤井:そうですね。
林:アメリカ人は愛国心を刺激されると容赦しないということです。中国に対する敵対意識は、今まさにそのレベルに達しています。アメリカ政界でこの流れに逆らえる政治家はほとんどいないでしょう。
藤井:そうですね。それにアメリカ人の愛国心は単純素朴です。単純素朴だからこそ、9.11やパールハーバーみたいなことが起きると、えらいことになってしまう。9.11はテロであり、パールハーバーは戦争だから、日本人の心情とすれば一緒にはされたくないけど、それを受け取る側のアメリカ人にとっては似たようなショックを受けたというのは事実だと思います。
林:はい。
藤井:気球事件では、一般庶民レベルでそれらに匹敵するくらいのショックを受けた。そういうレベルで怒らせたアメリカは非常に怖いと思います。
林:そうですよ。ところがバイデン政権の対応は下手だったと言わざるを得ません。下手だったというより、何らかの下心があったのではないかと思わざるを得ないような対応だった。バイデン政権は明らかに隠蔽しようとしていたように感じられます。
藤井:私もそうとしか思えない。1月28日にアリューシャン列島上空に入ってきて、つまりアメリカの領空に入ったということですが、そのときに撃墜したうえでバイデン大統領がチャイナを非難していたら、国民は「バイデン、よくやった」ということで片が付いていた。これほどの大事件にはならなかったのではないかと思います。しかし実際には隠蔽しようとしていた。ところが一般の人たちが空を見上げて「あれは何だ」ということになってしまったがために発表せざるを得なくなった。どうも、そのような流れだったのではないかと考えてしまします。
林:そうですね。昨年11月のインドネシアG20での会談で、おそらくバイデン政権は中国側に「しばらくケンカをやめようぜ。1分だけ休憩しようぜ」と打ち合わせしていた。まだ30秒しか経っていないのに、今回の気球事件が起こってしまった。バイデン政権も中国側も「もうちょっと休みたいんですけど」という心境でしょう。しかもインドネシアのバリ島で約束した通り、ブリンケン国務長官の中国訪問が2月5日に控えていたタイミングです。だからこそ、この時期に気球事件が表沙汰になるのはまずいと思ったことは間違いない。バイデン政権は中国を慮って、悪いのは中国なのに、あえて言わないでおこうという態度が感じられました。泥棒に入られたのに、泥棒と一緒に飲みに行くから、泥棒のメンツを考えてあげなければいけないということでしょう。
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